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  東京シェイクスピア・カンパニー(TSC)朗読劇 
             『トロイラスとクレシダ』         
No. 2017-027

 シェイクスピア喜劇の中で最高傑作と言われる『十二夜』、それをいつものように7人の俳優で演じ、時間も15分間の休憩を挟んで2時間30分という定例の時間内に収め、最高傑作としての面白さを十二分に感じさせてくれるITCLの公演であった。
 見どころはいくつもあるが、その中の一つが7人の俳優で誰がどのような役を何役こなすかという楽しみで、キャストの紹介では主要な役一つのみをあげているだけなので、自分でそれを発見するところに楽しみがある。
 また、毎年恒例の時期にやって来るだけに、その中でなじみのある俳優の再来日も楽しみの一つである。
今年は、昨年の『テンペスト』に出演したうちの半数の3名が今回も来日しているだけに、余計に親しみを感じる。
 舞台装置はいつものように簡素で、背景に抽象的な模様が描かれた窓枠のある衝立がるのみで、小道具としてはキャスター付きの箱を時折持ち出して、オリヴィアが座る椅子に用いたりするのみである。
 開幕シーンは、原作のオーシーノ公爵邸の場面からではなく、これもよく使われる演出ではあるが、イリリアの海岸の場面から始まり、二人の俳優が大きな布を両側から大きく揺らめかせ、その中でヴァイオラとセバスチャンが嵐の波間に漂う様子を演じる。
 嵐の過ぎた後、海岸にヴァイオラと船長が倒れていて、ヴァイオラだけが生き残って船長は死んでいる。
 従って、ヴァイオラのこの場面での船長との会話の様子は彼女一人の台詞となり、自身でオーシーノ公爵のもとに行く決心をする。
 続く場面は墓掘りが登場し、原作にはないオリヴィアの兄の葬儀の場面となり、オリヴィアが祈りを捧げている場に、オーシーノ公爵の使いがオリヴィアに花を渡そうとするが、マルヴォーリオに制止される。
 公爵邸の場面になると、そこで音楽を奏でるのは変装したヴァイオラで、彼女がヴァイオリンを弾いいている。
 そこではじめてこの劇の有名な最初の台詞、'If music be the food of love, play on'を聴くことが出来る。
また、オーシーノの前で道化が歌う'Come away, come away, death'の唄も道化ではなくヴァイオラが歌うが、しみじみとして聴きごたえのあるものだった。
 公爵邸ではオーシーノが浴槽に浸かっている演出もよく使われるが、今回の演出では浴槽の代わりにシャワーを浴びている様子を衝立の窓を通して見せ、ヴァイオラが顔をそむけるようにしながら公爵の背中を柄のついたたわしで洗う。
 ここでよく使われる手として公爵がほとんど丸裸の様子で出てくる場面があるが、この演出ではオーシーノはシャワールームからバスタオルを巻いた状態で出てきて体を拭く時に、観客には背を向けた格好だがヴァイオラには公爵の裸の正面が見えるという設定となっており、戸惑うヴァイオラの顔が観客の想像力をかきたてる。
 7人の俳優ということで大事な人物の省略としては、オリヴィアの召使いフェイビアンとセバスチャンの命の恩人アントーニオが登場しないので、その場面の工夫も興味がわく演出となっている。
 ヴァイオラと間違えられたセバスチャンがサー・トービーと戦って剣を落とされ危機に陥るが(これも原作の設定とは大きく異なる)、オリヴィアが短銃を持って彼を助けるという演出をしている。
 ここで登場人物のキャスティングを振り返ると、『テンペスト』でミランダを演じたレイチェル・ミドルがヴァイオラのみを演じ、初来日の黒人俳優シェービン・ダッシュもオリヴィアのみ、『テンペスト』でアントーニオとステファーノーを演じたガレス・フォートレッドがマルヴォーリオ、『テンペスト』でキャリバンを演じ、今回3度目の来日となるグリン・コノップがサー・トービーのほか、死んだ船長、墓掘り、神父を演じ、その相手役サー・アンドルーを演じたのは初来日のアリステア・ホイル、オーシーノ公爵とマライアを演じたのはジャンポール・フルゲール、道化とセバスチャンはジョンポール・ローデンが演じた。
 セバスチャンとヴァイオラの再会の場面では自然と涙を誘う演出もあるが、ここではさらりとした感じであった。
 復讐を誓うマルヴォーリオを最後どのように演出するかも見どころであるが、「ヘイ、ホウ、風と雨、…来る日も来る日も拍手の雨だ」(松岡和子訳)と唄うフェステの腕に抱かれて座ってじっと虚空を見つめ、暗転するという終わり方で余韻を残したのも印象的であった。
 日本人にも聞き取りやすい英語で、原作との細かな違いを見出すのも面白く楽しんだ。

 

脚色・演出/ポール・ステッピングズ、音楽/ジョン・ケニー
5月27日(土)15時開演、明星大学シェイクスピアホール

 

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