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  SPAC公演、語り手と動き手を分離しての演出 『冬物語』      No. 2017-008

 静岡芸術劇場は舞台空間が広いことを特色としているが、今回はその広い空間をあえて封じ込め、斜めになった台形の枠取りを二重三重にして奥に行くほどその台形を小さくし、全体を階段構造としている。
 舞台全面はアルミホイルが貼られ、暗い照明の中では鈍い銀色に輝く。
 舞台美術が最初に目に付く今回の特徴であるが、演技面ではスピーカー(語り手)とムーバー(動き手)を分離させ、演技中台詞の無い役者はパーカッションの音楽担当をし、原則的に一人一人その3つの役割を担う。
 ムーバーが舞台前面で演技し、スピーカーは一段上がったところで書見台を前にして座し、その一段奥がパーカッションを演奏する場となっているが、演技の場所以外は照明が薄暗くはっきりとは見えない。
 宮城聡が静岡芸術劇場の芸術監督に就任して10年になるというが、今回の『冬物語』が就任以来初めての新作で、スピーカーとムーバーを分離させる演出も10年ぶりだという。
 スピーカーとムーバーに分ける手法はシェイクスピアには適さないという宮城の持論で、ことシェイクスピアに関しては26年間この手法を封印してきたにもかかわらず、初の新作でそれにチャレンジしていることも今回の大きな特色で見どころでもある。
 あえてこの手法を用いた理由は、『冬物語』がシェイクスピアの作品の中でもかなり特殊な作品であるということで、「<二人一役>が敵の敵は味方という<反対の反対>で相性がピッタリとなるのではないか」ということで挑戦を試みたことを述べている。
 シェイクスピアの作品の中で、不自然に感じて受け入れがたいものがいくつかあるが、その最たるものの一つがリーオンティーズの突然の嫉妬の場で、最初の頃どうしてもこの突然の嫉妬が不自然で受け入れられなかったが、色々の舞台を観ていく中で納得させられる演技もあり、今ではそれを如何に演じるかを観るのも楽しみの一つとなっている。
 二人一役の舞台では動きと語りが人形浄瑠璃のそれに等しく、この場面がごく自然に受け入られたが、それはムーバーとスピーカーに分けることによって「コトバが心の動きに対して違和感を生み出し、コトバが生理的に求める流れを寸断する」効果を創り出していたからであろう。 
 そういう個別的な特徴と共に、全体的な印象としても今回この手法は成功していたように思われる。
 今回の演出で最大の見どころはハーマイオニの石像の場面となっている。
 元々この場面はどの演出でも最大の見せ場の一つであり見どころでもあるのだが、今回は驚きの演出であるとともに納得のいく演出でもあった。
 ハーマイオニが石像として秘匿されているケースをこの舞台の全体の構造である台形の枠組みで表象し、それが舞台全体の色調であるアルミホイルの銀色を背景にしているので、石像があたかもガラスのショーケースに入っているかのように見えた。
 また、舞台正面から見える石像が横向きに立っているのもこれまで観てきた数多くの演出とは異なっていた。
 石像が動き感動の再会の場面となるが、ここまではどこにもある演出である。
 再会の喜びで全てが終った後、動きが完全にストップし、しばらくの沈黙が続き、それで終わっても何も不自然ではないが、息詰まるほどの沈黙の後、周囲は完全にストップモーションしている中で、ハーマイオニが静かに動き出し、ゆっくりと元のケースの中に最初の時と同じ姿で収まる。
 死んだ(と思われる)人が生き返るのはシェイクスピアの作品にはいくつもあるが、ある意味では不自然ともいえる。その不自然な気持を納得させるかのように、今回の演出では、ハーマイオニの石像が動き出し彼女が生きていたというのはリーオンティーズほかの者の願望が描き出すイルージョン、幻想であったと思わせる演出であった。
 この場面だけでこの演出のすべてを語り尽していると言ってもよいが、それだけではもったいないので、ほかの特徴も少しばかり取り上げておきたい。
 第二部の始まりに登場する「時」の役をオートリカスが演じ、そのままオートリカスとして演じ続けるだけでなく、オートリカスが「時」としてナレーター役となってパーディタとリーオンティーズの再会の場面を語る(といっても語るのはスピーカーでムーバーはパントマイムを演じるだけだが)。
 このオートリカスのムーバーを武石守正が演じ、スピーカーは女優の木内琴子が受け持っていたのも面白い手法であった。
 ボヘミアの海岸が第二部の舞台となることで、本来は羊飼い親子となっているところを漁師の親子としているのも面白く、場面状況の設定としても自然な感じがした。
 特に印象に残った出演者としては、スピーカーとしては阿部一徳のリーオンティーズと漁師父、ムーバーの演技面としては美加理のハーマイオニ、たきいみきのポーリーナ、武石守正のオートリカス、小長谷勝彦の漁師父、横山央の漁師息子などに注目すべきものがあった。
 上演時間は、途中15分間の休憩を挟んで2時間30分

 

翻訳/松岡和子、演出/宮城聡、音楽/棚川寛子
2月4日(土)15時開演、静岡芸術劇場
チケット:3400円(シニア)、座席:1階L列12番(前列から2番目、中央の席)

 

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