高木登 観劇日記2016年 トップページへ
 
   東京芸術祭 2016 『三代目、りちゃあど』   No. 2016-054
 

オン・ケンセンの舞台は、1997年9月、シアターコクーンで上演された岸田理生脚本の『リア』以来、20年ぶりに観ることになる。
いま、改めてその時の観劇日記を読み返してみて今回の舞台と較べて見た時、その共通性を強く感じた。
『リア』では、日本の「能」、中国の「京劇」、「タイ舞踊」という各国の伝統芸能に、片桐はいりという日本の現代的俳優を加え、言語的には日本語、英語、中国語、インドネシア語、タイ語と5か国語が入り乱れている。
今回は、日本の伝統芸能としては歌舞伎、狂言、そして100年の歴史があるということで宝塚劇をも伝統芸能として加え、それにインドネシアの伝統芸能である影絵、最も現代的な俳優には「毛皮族」の江本純子やSPACのたきいきみを配し、言語は日本語、英語、インドネシア語と同じく数か国語となっている。
言葉の面では、日本語が歌舞伎や狂言の様式を加えていることで、他の言語と入り乱れての会話の場面では字幕を見ずにそのまま聞いている方が意味を汲み取りやすいように感じた。
英語はともかく、インドネシア語はまったく解さないが、歌舞伎様式の台詞の後などではインドネシア語でもそのまま歌舞伎の調子に聞こえ、音楽的で、言語が異なったことに気づかず、字幕を見るのを忘れるほどであった。
照明と映像が今回の際立った特徴であったと思う。
1場の「馬をくれ」に相当する場面の背景は、ホリゾント全体にゆらめく紅蓮の炎が映し出され目が眩ませる思いであったが、その後も舞台の進行よりも背景の映像の変化に目を奪われることが多くあった。
劇本来の面白さとしては、原作『三代目、りちゃあど』の二人の主人公の一人、リチャード三世を女形の中村壱太郎が演じることで女性的な、というより女性そのものとして演じるりちゃあどにしたことと、もう一人の主人公であるシェイクスピアに大蔵流狂言の茂山童司を配したこと、そして日本の伝統芸能の言語表現に対して、現代語に原作通りに九州弁が使われるというコントラストにあった。
『三代目、りちゃあど』は、『リチャード三世』に『ヴェニスの商人』というシェイクスピアの作品を加え、その上にシェイクスピアとその家族をも巻き込み、錯綜したパロディとなっている。
『ヴェニスの商人』のマーチャン(マーチャント=商人)ことシャイロックにシンガポールの女優ジャニス・コーが英語の台詞を駆使し、裁判長やシェイクスピアの父チチデヨカ、家元などを元宝塚月組のトップスター久世星佳が軽やかに演じ、彼女は舞台全体の進行役のような役をも兼ねる。
その他のキャスティングに、シェイクスピアの母ハハバイと家元夫人にはインドネシアの女優ヤヤン・C・ヌール、茶坊主・暗殺者・影絵人形遣いに同じくインドネシアのイ・カディック・ブディ・スティアワン、シェイクスピアの妻ワルカツマーとアンにSPACのたきいみき、カイロプラクティックとシンリーに江本純子。
舞台の最後の方では、影絵とシルエットでの演技を駆使したシンプルな色調が続いた後、舞台の始めに用いられた紅蓮の炎の映像で円環性を表出し、オン・ケンセンの様式美と多様性、モダンさを感じさせる舞台であった。
上演時間は、途中15分の休憩を挟んで2時間15分。

 

(作/野田秀樹、演出/オン・ケンセン(シンガポール国際芸術祭芸術監督)、
11月27日(日)13時開演、
東京芸術劇場・シアターウェスト、チケット:5500円、座席:K列9番)

 

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