高木登 観劇日記2016年 トップページへ
 
   第28回うずめ劇場公演 『アントニーとクレオパトラ』     No. 2016-047
 

この公演のチラシが出たのは半年ほど前からで、チラシの内容から非常な興味があって予約開始を待ちわびていた。その興味、関心の的は、
(1)「うずめ劇場」発祥の地が、自分の生まれ故郷である北九州市であること。
(2) 劇団の設立者が旧東ドイツ出身のドイツ人であるということ。その彼が「文化の沙漠」とも
   呼ばれていた北九州をなぜ選んだかという疑問。
(3) 演目が、生まれ育った北九州で初めて演劇らしい演劇を観たのがシェイクスピアの
   『アントニーとクレオパトラ』であったことから、うずめ劇場がこの作品を創立20周年の
   記念公演に選んだことの理由(1969年1−3月、「劇団雲」による地方公演で観劇)。
(2)の疑問については、終演後、ロビーで直接本人に尋ねて聞いてみると、北九州が「文化の沙漠」と呼ばれていることは(当然のことながら)まったく知らなかったということであったが、なぜ北九州を選んだかということまでは聞き出すだけの余裕がなかった。
しかしながら、九州の地を選んだ背景には劇団の名前からある程度の推察が可能かも知れない。
「うずめ」は『古事記』の天岩戸に出て来る人物で、いわば日本における演劇の事始めの人物であり、その意味では設立者であるペーター・ゲスナ−の日本の知識の深さと、意気込みのようなものを感じさせる。
開演前のゲスナー氏の挨拶で、旧東ドイツの崩壊の後、北九州に来た当初、日本には2年ほどいて帰るつもりであったということであるが、それがすでに20年も経って、演劇の拠点も仕事の関係もあって北九州から東京に移ったことが語られた。
(3)の疑問については当日もらったパンフレットに書かれているのである程度まで分かったが、上演記録を見て驚いたのが、うずめ劇場がこれまでまったくシェイクスピアの作品を上演していなかったことである。
1996年の旗揚げ公演は三島由紀夫作の『わが友ヒットラー』で、以後、佐藤信、斎藤憐、安部公房、別役実、唐十郎などの作品の上演、海外の作品でも日本ではほとんど知られていない作家や作品を多く上演しており、シェイクスピアは一作もない。
にもかかわらず、パンフの挨拶文には「今年はこの作品以外はやりたくなかった」とある。
ゲスナー氏自らの翻訳、棚橋なもしろの挿画入りのプルターク原作の『英雄伝』を、シェイクスピアの作品との対比参考のために豪華なオリジナル・ガイドブックとして当日観客全員に無料で配布された。
とにかく、劇を観る前からワクワクするような期待感に満ち溢れていた。
そして、実際に観劇してみて、その期待を裏切られなかったことは、さらなる大きな収穫であった。

さて、肝心の観劇について。
『アントニーとクレオパトラ』は場面の転換が多いだけでなく、それに伴っての登場人物の数も多い。
それが上演を制約する一つの要因ともなっているが、この演出では、出演者は総勢15名で一人何役もこなすことで、それがかえって一つの見どころにもなっている。
一人一役は、ヒロインのクレオパトラを演じる後藤まなみ、シャーミアンを演じる松尾容子、そしてオクテーヴィアを演じる大川潤子の3人だけで、主役のアントニーを演じる内野智ですら、端役の衛兵も演じている。
最も多くの役を演じる佐藤滋が9役、小島彰浩は8役をこなした上に音楽演奏まで担当している。
舞台装置、演出上で注目すべき点は多々あったが、登場人物の多さとその関係性をはっきりさせるのに、衣裳の色で効果的に表していたのも特徴の一つとしてあげられる。
シーザーのローマ側は白の衣装、アントニーのエジプト側は赤色の衣装、3執政官の一人レピダスは黒の衣装、海を支配しているポンペイの一軍はブルーの衣装を身に着けている。
シーザーとアントニーの紅白の衣装は、勝者の源氏が白の装束、敗者の平家が赤色の装束である源平の戦いとの類似性を感じて面白いと思った。
舞台装置として、ホリゾントに当たる部分は天井から床面まで白い紐を簾のように一面垂らし、登場人物の出入りにも使われるだけでなく、その上部に場面の転換ごとに場所を文字で映し出してスクリーンの役割を果たし、状況がよく分かるように工夫されていた。
休憩後の後半部は霊廟を中心にした舞台となるが、その霊廟は、天井部を頂点にした三角形の紗幕を使って表現される。
最後の場面が、これまでにないやり方で、意表を突く面白さがあった。
シーザーの凱旋の飾りにされることを避けるため、クレオパトラは毒蛇に噛ませて自ら命を絶つわけだが、彼女と侍女のシャーミアン、アイラスの3人が倒れ伏した後、霊廟の三角形の紗幕に抽象的な映像が映し出され、その映像がいろいろ変じ、エジプトのピラミッドの中にその3人がいるように見えたり、海の中のようにもなったりし、3人の映像が昇天していくように天井へと昇って行った後、紗幕は、満天に無数の星がきらめく映像で静寂となる。
背後のホリゾントをなしていた簾状の紐が天上から静かに舞台上に引き下ろされ、その背後では舞台装置のパネルをこれまで演じていた役者たちが役柄の衣装を脱ぎ捨て、普段着姿で舞台装置の後片付けをしている舞台裏の状況を観客にさらけ出す。
この舞台裏の様子を見せることで、3時間20分という長い上演時間の非日常の世界から日常の世界に引き戻す。
このような舞台装置、演出上の工夫以外に、出演者の演技でもそれぞれの面白さを楽しませてもらった。
個人的な思い出として、初めて観た劇団雲の『アントニーとクレオパトラ』で唯一印象として残っているのが名古屋章の演じたイノバーバスであるが、今回の上演でも文学座の上川路啓志が演じたイノバーバスは、台詞力もあり最も印象的な人物の一人として印象に残った。
シェイクスピア劇とは無縁に近い出演者が多いせいか、その台詞回しもこれまでに聞きなれたシェイクスピア劇の台詞回しとは異なった面白みを感じた。
後藤まなみのクレオパトラなどの台詞も自由奔放さがあって面白かったし、内野智のアントニーなどは、クレオパトラを「クレちゃん」と呼んだり、イノバーバスを「イノちゃん」と呼んだりで、破天荒な面白さがあった。
演劇集団円所属の小川剛生の占い師、レピダス、道化の役なども舞台を楽しく面白くさせてくれる役割をうまく演じていて楽しませてもらった。
役柄としては損な役であるが、薄平広樹のシーザーは皮肉で冷徹な感じを出してしていて、本当に憎らしく感じた点にそのうまさを感じた。
このように、それぞれの人物造形の演技も十二分に味あわせてもらい、3時間20分という長丁場もそれほど長くは感じられなかったが、後に残った印象はずしりと重い。
半年間待った甲斐があった。

翻訳/松岡和子、上演台本・演出/ペーター・ゲスナ−、10月26日(水)18時開演、
両国・シアターX、チケット:4500円、全席自由席で、最前列中央の席にて観劇。

 

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