高木登 観劇日記2016年 トップページへ
 
   シーエイティプロデュース主催・製作 『クレシダ』       No. 2016-038
 

3つの観点から興味深い舞台であったが、何よりもよかったのは舞台全体が面白く、楽しく観られたこと。
3つの観点と書いたが、その中心点は少年俳優についての問題である。
中心となる登場人物の全員が、現役もしくは過去に少年俳優としての経歴を持ち、主人公のジョン・シャンク(平幹二朗)は少年俳優の養成と演技指導の担当者であり、ジョン(花王おさむ)は衣装係、シャンクのかつての教え子であった通称ディッキーことリチャード・ロビンソン(橋洋)は劇団の経理担当者、その他4人が新人を含めた少年俳優として登場する。
舞台の両脇にはむくむくとした綿雲が描かれており、開演すると舞台中央に綿雲のような形をしたベッドに横たわっているシャンクが目覚め、自分は今雲の上にいるのであろうかと錯覚して脇腹の痛みにそっと手をあててみる。
そこへ少年俳優のスティーヴン・ハマートン(浅利陽介)がシャンクに飲み薬を持ってくる。
シャンクは半身起き上がってその薬を飲み、ハマートンにベッドの下にある遺言書を取って、それを読み上げるように言う。ハマートンはその遺言書を最後まで読み上げるが自分のことが書かれていないので落胆するが、裏を見ろと言われてそこを読むと、彼には誰よりも多い1ポンドの金貨が寄贈されていて感激する。シャンクはその金で、自分の事を思い出してくれるよう指を買うように指示するが、そんなものは無くても彼の事は忘れないと言う。
場面は展開して、舞台中央奥の扉が開かれ、ベッドとともにシャンクは奥へと引き下がり、扉が閉じるとそこはグローブ座の舞台の稽古場となり、この物語の発端が始まり、シャンクが少年俳優たちに稽古をつけている場となる。
明日から『夏の夜の夢』の舞台というその日、養成所に少年俳優を4名寄こすように言っていたのに、やって来たのはボロをまとったハマートン一人で、あとの者は養成所の監督が全員を引き連れて逃げ去ったと言う。
この事件で少年俳優の養成に人数を水増しして金額を受け取っていたシャンクの不正が発覚し、彼はその埋め合わせに100ポンド支払わなければ、舌を焼かれる刑罰に処せられることになる。
シャンクは不正に稼いで貯めて埋めていた50ポンドの金を掘り出させ、小道具や衣装をかき集めて金策を計るが、全部合わせても20ポンドほど不足している。
そこでシャンクは、新人のハマートンを次の舞台『トロイラスとクレシダ』のクレシダに抜擢し、彼を競売にかけることにする。
ハマートンは「ス」が「シュ」としか言えないほど言葉に訛りがあって、当初、シャンクは彼を追い返そうとしたほどであるが、年長の少年俳優ジョン・ハニマン、通称ハニー(橋本淳)に彼の教育を任せる。
しかし、ハマートンがヒロインのクレシダを演じ、ハニーは台詞のほとんどないヘレナ役だと聞いて怒ってしまい、ハマートンの教育をおりてしまうため、仕方なくシャンクが自ら教えることになる。
ストーリーの展開を追うことで肝心の少年俳優の問題について何一つ書いていないので、ここでその問題に移る。
その第一は、少年俳優達はどのようにして少年俳優となったのかという問題である。
それについてはシャンクとハマートンの二人が例を示す。
シャンクは少年の時、セントポール寺院の近くを歩いて家路に向かっている時、突然頭に袋をかぶせられ、気づいたらブラックフライヤーズに連れ込まれていた。そこには自分と同じような目にあった少年たちが沢山いたが、その大部分は親が迎えに来て戻って行ったが、自分だけは半年過ぎても誰も迎えに来なかったという。彼はそのようにして少年俳優となった。
ハマートンの場合は、両親から仕立屋に売られ、仕立屋から少年俳優養成所に売られてきたと自分の身の上話をする。
少年俳優の身分は、引受人の意思のままに売り買いされるが、ハマートンはシャンクとの契約で自分の意志に関係なくその書類に署名させられる。
第二の問題として、少年俳優の末路がある。
少年俳優の役どころは女性であり、その役が務まるのは声変わりするまででしかない。そうするとヒロインなどの年齢を考えると、13歳ごろから16、17歳までが限度で、その活動期間は4、5年ということになる。
少年俳優の多くは消耗品として多くは消え去って行ったことであろう。才能のあるものはシャンクのように少年俳優の養成や演技指導の仕事にありつき、ディッキーのように数字に明るい者は経理担当として劇団に残ることが出来た幸運な例である。
第三の問題としては、時代の変化の兆候である。
シャンクはハマートンに演技指導をするが、舞台に立ったハマートンがシャンクの教えた事とは異なる演技で絶賛を浴びたことで、シャンクは少年俳優に変わって女性が演じる時代がすぐそこに来ることを感じ取り、自分の仕事の出番は終わったことを覚る。
この舞台の時代背景は1630年代となっているが、女優の出現は実際には1660年の王政復古以後であるが、作者ニコラス・ライトはその萌芽をもうこの時代に読み取っているかのようである。
シャンクがハマートンに手の所作について詳細に教えるが、その内容が、手のレトリックとして重視された1644年に出された聾唖教育の先駆者として知られるジョン・ブルワーの『手話法』と『手話学』に関連しているのを思い出させた。(注1)
時代の変化に関連するが、これまで多くの舞台でヒロインを演じてきたハニーは年齢的に限界に近付いてきており、その象徴が『トロイラス』の舞台で台詞のほとんどないヘレナ役にされたということに現れている。
彼はこの舞台の後、実際にディッキーから少年俳優として終わりだと告げられる。そしてこれまで『お気に召すまま』のロザリンドを演じてきた彼に変わって、ハマートンがその役を演じることになるのだった。
ここで舞台の話に少し戻すと、ハマートンのクレシダ役の成功で、彼の競売は一番の高値では100ポンドがつく。
しかし、クレシダを演じたハマートンは、これまでのスターであったハニーに変わって劇団には必要な少年俳優となり、ディッキーは劇団がその高値で買い取ると言うがシャンクはかたくなに断り、必要な金額の20ポンドの値を付けた者に売り渡す契約書に署名しようとする。
しかし、シャンクはハニーの身代わりとなって決闘して負った傷が元で気を失いかけるが、失神する前に売買の契約書を破棄し、ハマートンは無事劇団に残れることになる。
少年俳優というものに焦点を当てて当時の劇団の様子を描いたこの舞台のもう一つの見どころは、舞台上の新旧世代の交代と同じように、演じる俳優の構成にもあった。
シャンクを演じた平幹二朗はほとんど舞台に出ずっぱりであるが、その演技力、台詞力を堪能させてくれ、同じく少年俳優のなれの果てである衣装係ジョンを演じた花王おさむは軽やかな存在感で楽しませてくれた。
一方、現役の少年俳優を演じる4人は全員20代で、若さの魅力を発揮し、その中間の世代である橋洋は、冷徹なイメージのディッキーのほか、嫉妬に狂った亭主役を滑稽に演じて笑わせてくれた。
上演時間、2時間25分(途中休憩15分)

(注1)荒井良雄著『シェイクスピア劇上演論』(新樹社刊)、第3章「演技の実際」の「(2)所作について」を参考。

(作/ニコラス・ライト、翻訳/芦沢みどり、演出/森新太郎、9月17日(土)13時開演、
シアタートラム、チケット:7800円、座席:F列5番、プログラム:1500円)

 

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