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  ナショナルシアター・ライブ、サム・メンデス演出
      サイモン・ラッセル・ビール主演 『リア王』         
No. 2016-025

 今回の劇が最高だと思える上演に出会った時ほど最高の気分になることはない。しかし、その最高の気分も時間と共に記憶が薄れ、いつしか記憶の片隅に眠ってしまうが、観劇に日記に記録としての記しておくことでそのときの高揚感を再び思い出すことが出来る、そんな時ほど自分の観劇日記をありがたく思うことはない。
 サム・メンデス演出によるサイモン・ラッセル・ビール主演の『リア王』は、まさしくそのような劇の一つであった。舞台設定は現代に置き換えられ、衣裳は、スーツや軍人服の姿で登場する。
 冒頭部に登場するグロスター伯は普通のスーツ姿、ケント伯は軍人のスタイルで、エドマンドは三つ揃えのスーツで直立した姿勢で二人の会話を聞いている。
 リア王の国譲りの場面で舞台の全景が現れ、半円形の張り出し舞台には十字型の通路、縦に伸びた通路は客席まで伸びているように見えるが、映像ではよく確認できない。
 この十字型の通路は舞台の中で象徴的な意味を持つことになる。
 舞台中央部にテーブルが横長に並べられ、リアの登場を前にリアの娘たちとその婿が並んで座り、ケントとグロスターはテーブルの両脇にそれぞれ達、奥には軍服姿の将校たちが半円形にズラリと並んで立っている。
 リアが登場し、客席側の縦方向の通路上の上に置かれた椅子に腰かける。
 リアの後方部、すなわち客席の方にソフト帽をかぶった人物の頭部が見えるが、すぐに映像の範囲から消えるのでその人物が何者であったのかは劇の途中まで分からなかったが、道化が登場した時その人物が道化であったことが判明し、彼はこの場面の一部始終を多分見物していたのであろうことが想像された。
 テーブルの上にはマイクが置かれており、発言者はそのマイクを使ってしゃべる。
 円形の舞台は回り舞台となっており、場面転換ごとの舞台装置も素晴らしかったが、何よりも目が離せなかったのが、サイモンのリア王の演技とサム・メンデスの衝撃的な演出であった。
 なかでも最も衝撃的であったのは、嵐の中でさまよった後グロスターが用意してくれた小屋の中で、リアの二人の娘ゴネリルとリーガンの模擬裁判の場で正気を失ったリアが、道化を娘のリーガンと思い込んで殴り殺してしまう場面であった。
 グロスターのドーバーへの道行きでは、十字型の通路の縦に伸びた道の先端部が30センチほど迫り上げられていて、彼は飛び降りる前にその場に跪いて祈るが、彼の背後に十字型の通路が祈りのクロスとして表象的となる。
 兄エドガーと父グロスターを裏切ったエドマンドの最後はあっけない。
 二人の決闘の場面はなく、エドガーは戦う前に最初から自分の名を名乗って十字路に横たわって死んでいる父グロスターを指さす。エドマンドはそれを見て動揺、一瞬呆然として立ちつくし、その虚を突いてエドガーはエドマンドをナイフで刺す。
 エドマンドがリアとコーデリアの処置を語ることもなく、ケントがリアの行方を尋ねた矢先、リアがコーデリアを腕に抱いて吠えるように泣きながら舞台奥から登場してくる。
 演出そのものもすごいと思ったが、それに劣らずリアを演じたサイモン・ラッセル・ビールの演技には目を見張らせるものがあった。
 サイモンはリアを演じるに当たって精神科医から「レピー小体型認知症」についての助言を得て役作りをしたという。「レピー小体型認知症」とは「実際にはいない人が見える"幻視"、眠っている間に怒鳴ったり、奇声をあげたりする異常などが目立ち、手足が震え、小刻みに歩くなどのパーキンソン症状が見られることもある。また、頭がはっきりしたり、ボーっとしたり、日によって変化することも特徴である。これは脳の神経細胞の中"レピー小体"と呼ばれる異常なたんぱく質の塊がみられ、このレピー小体が大脳に広く現れるとその結果認知症になる」ということである。
 冒頭部の国譲りの場では、リアは軍服姿でさっそうとしているが、娘二人から虐待を受け、嵐の中をさまよってからのリアはまさにこのレピー小体型認知症の動作になっていく、その変化を演じるサイモンの演技が見ものであった。
 実際の舞台ではそこまで見えないが、映像だとアップのおかげでこと細かい動きから顔の表情、手足の動きまでつぶさに観察でき、サイモンの演技力を堪能できる。
 サイモンの演技力もさることながら、これを書いたシェイクスピアの観察力もすごいと思う。
 当時では認知症という言葉は勿論、「レピー小体型認知症」などという知識はまったくなかったのに、観察力でシェイクスピアは描き出している。
 それを体現するために精神科医に相談して演技に結び付けているサイモンもすごい。サイモンはリアを演じるにあたって、そのままではリアがサンタクロースになってしまうという理由で坊主頭にさせてくれと演出家のメンデスに言ったという。確かに彼の体形はサンタそっくりである。
 面白いと思ったのは、道化を演じたエイドリアン・スカボローの体形と頭の格好も、サイモンそっくりであったことだった。
 そのほかのキャストは、ケント伯にスタンリー・タウンゼンド、グロスター伯にスティーブン・ボクサー、ゴネリルにケイト・フリートウッド、リーガンにアンナ・マックスウェル・マーティン、コーデリアにオリヴィア・ヴィナル、エドガーにトム・ブルック、エドマンドにサム・スルートンなど。
 上演時間は、3時間30分。
 【私の感激度】 ★★★★★
 【追 記】
この映画を観た人の感想で、自分とは全く真逆の意見で、リアが王としての威厳が感じられずつまらなかったという感想を聞いて、面白いと思った。まったく同じ意見より、このような真逆の意見を聞く方が参考になる。

 

演出/サム・メンデス、6月17日(金)、シネリーブル池袋、料金:3000円

 

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