高木登 観劇日記2016年 トップページへ
 
   ナショナルシアター・ライブ 『ハムレット』        No. 2016-015
 

2015年8月25日から10月31日まで、ロンドンのバービカン・シアターで公演された『ハムレット』の映像版。
これまでにも数多くの『ハムレット』を観てきたが、リンゼイ・ターナー演出の『ハムレット』を観て、『ハムレット』の無限の可能性を感じた。
しかし、これほどまでに解体・再構成された『ハムレット』を観るとは思わなかった。
場面の順序の入れ替えだけでなく、台詞の人物まで入れ替えているところがかなりあった。
衣裳や小道具類を見る限り、現代の時代とほぼ変わらないが、現代服での演出そのものは目新しいことでも何でもないので特筆する必要もないが、意表を突かれたのは冒頭のシーンである。
ハムレットが一人、部屋に閉じこもって音楽を聴いている。
そこへ誰かがやって来てハムレットが誰何する―‘Who’s there? Stand and unfold yourself.’
この台詞は、夜警に立っていたバーナードとフランシスコの冒頭の会話である。
この場にやって来たのは、ハムレットの母親からのことづけを伝える宮廷人の一人で、早く来るようにとの督促であった。
ハムレットが自分の部屋から出ると、背後の仕切りが引き上げられ、大広間の場となり、宴会の御馳走が盛られた長テーブルに一同が着席している、謁見の場となる。
クローディアスの、ガートルードとの結婚、フォーティンブラスのデンマーク侵略に対してなど一連の演説とハムレットへの説得が終わり一同がまだその場に残っている状態、でハムレットのみがスポットライトで照らし出され、テーブルの上に上がって第一独白を語る。
ポローニアスがハムレットの狂気の原因を発見したという場面では、原作ではノルウェーから戻った使節の報告が先にあるのだが、それはずっと後回しされ、ポローニアスが報告した後ハムレットが登場し、’To be, or not to be’の台詞もその場ですぐに続く。
ハムレットの佯狂のスタイルはオフィーリアの台詞にあるような服装ではなく、兵隊ごっこの格好をして赤い上着に青いズボンの衛兵のような衣装であった。
台詞の入れ替えや順序の入れ替えは随所にあり、記憶に残るような台詞では、たとえばホレイショーの’A piece of him’は夜警の場(1幕1場)ではなく、芝居の前にハムレットの前に現れた時(3幕2場)、ハムレットの’What ho, Horatio!’に答える形で言われる。
1幕5場でハムレットが独白する’O villain, villain, smiling damned villain!’はハムレットが役者に台詞を付けさせ、その役者がこの台詞を語る。
また、この芝居の場ではハムレット自身がルシアーナスを演じて、兄殺しを実演する。
オフィーリアの狂乱の場では、彼女がハムレットの手紙の中の詩を口ずさむのも初めて目にする演出であった。
そのオフィーリアは写真狂で、カメラを手放さず写真を撮りまくっている乙女として設定されていて、狂乱の場では大きなトランクを引きずってくるが、それを置いたまま立ち去り、ガートルードが中身を確かめると中にはたくさんの写真と共に、彼女が手放さずに持っていたカメラが一緒に入れられていた。
そのことでガートルードは、オフィーリアの決心を見抜いたかのように、立ち去ったオフィーリアの後を急いで追いかける。
順序の入れ替わった場面、入れ替わった台詞など、それが元のどこであるかなど頭の中で思い出す知的作業をすることで楽しませてくれる、ともいえる。
そのように斬新的に解体して再構築された演出ではあるが、終わりのフォーティンブラスの場面はそれらに較べるとありきたりの感じで、刺激的な魅力を感じるものではなかったが、これはベイルマンのような大胆なエンディングの先例があることでかえって難しいのかも知れないとも思った。ただ、ハムレットの死を悼んで号砲を鳴らすのを兵士たちに伝える役をホレイショーに命じ、彼が走り去って行く姿が印象的ではあった。
演技面では、ベネディクト・カンバーバッチが演じるハムレットは、現代的な青年のすがすがしいカッコよさを感じさせるハムレットだった。
ホレイショーを演じたレオ・ビルは、バックパッカーのように背中にリュクを背負い、首筋や腕に刺青を入れたちょっとインテリ風な感じであった。
その他の主なキャスティングは、カメラオタクのオフィーリアを演じたのがシアン・ブルック、クローディアスはキーラン・ハインズ、ガートルードはアナスタシア・ヒレ、ポローニアスはジム・ノートン。レアティーズは黒人俳優のコブナ・ホールドブルック・スミス。
大きな劇場(注1)らしい装置で、後半部の第二部では舞台一面が土と石ころの状態になっていたのも驚きであった。
舞台の上演時間は3時間20分で、途中20分の休憩時間は、映画では観客席の様子ずっと映し出していて劇場の雰囲気がよく感じられた。

(演出/リンゼイ・ターナー、5月25日(水)18時半より、シネ・リーブル池袋にて。料金:3000円)

(注1)バービカン・シアターは、1982年に建設されたヨーロッパ最大規模の文化施設であるバービカン・センター内にあり、客席数は1166席という。

 

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