高木登 観劇日記2016年 トップページへ
 
   TSC朗読劇 『ウィンザーの陽気な女房たち』        No. 2016-013
 

TSC(東京シェイクスピア・カンパニー)では本公演以外に長年シェイクスピアのリーディングを続けてきているが、昨年の『魚心あれば水心(尺には尺を)』に続き、今回もノーカット版での朗読。
これまでの短縮版リーディングでは、演出者の江戸馨がストーリー展開の概況と解説をしてそれなりに面白く楽しんでもきたが、ノーカット版でしかも所作なしのリーディングでは、聞いているうちに舞台の想像がわいてくるだけでなく、原作のシェイクスピアの作劇術のようなものまでが見えてくるから面白い。
演出者の解説がない代わりに、ノーカット版では台詞だけではなくト書きまでしっかりと読まれることで、舞台の状況を把握することが出来る。
場面の変化に合わせて演奏者佐藤圭一作曲による音楽が効果的に演奏されることで、その場の雰囲気も観客にしっかりと伝わってくるのも大きな特徴の一つである。
キャスティングと役柄のリストを見ると、7人の俳優が全部で22人の台詞のある役柄を朗読する。
単純に計算しても一人3役である。
その複数の役柄の割り当てがまた絶妙な組み合わせとなっていて、それを演じ分ける(声色を変える)のを聞くのがまたひときわ興味をそそられる。
たとえばこの劇の主役であるフォルスタッフの役を担当するかなやたけゆきは、アンの恋人フェントンの役と従僕ジョン・ラグビーを受け持ち、シャロー判事役のつかさまりはペイジ夫人とピストル、それに従僕シンプルの役を兼ね、ウェールズ訛りのあるエヴァンズ牧師を朗読する川久保州子は、アン・ペイジと召使いのロバートの役もする。
このように対称的な人物をそれぞれが演じるので、その声色の変化、落差がまた大いに聴きどころとなる。
朗読をする俳優については、これまでにもTSCの公演でよく見知っているというだけでなく、たとえば関連する劇でもフォルスタッフを演じたかなやたけゆきなどは、目を瞑って聴いていてもその時の様子がありありと浮かんできて、自分の想像の中で演技されているのが見えてくる。
これはかなやたけゆき一人だけでなく、長年観てきているつかさまり、川久保州子などについても同じことが言える。
声色の変化については、いつも感心させられているつかさまりに、今回はシャロー判事とペイジ夫人の声色の変化などを楽しませてもらったが、エヴァンズ牧師を朗読した川久保州子もクラウンとしてのキャリアを持つだけに、訛りのあるアクセントでの台詞が非常にユニークな面白さで、まったく異なる性格のアン・ペイジを演じるときの声色の変化などは秀逸であった。
ノーカット版でシェイクスピアの作劇術の巧さが自分の中で感じられたのは、本筋とは全く関係のないエピソードの挿入などであった。
ペイジ夫人の息子ウィリアムズがエヴァンズ牧師についてラテン語の復習する場面などは本筋とはまったく無関係で、多くの上演でも大体カットされるケースが多いのだが、シェイクスピアがこのような本筋とは関係ない場面をよく挿入するのは、場面転換における幕間劇のようなもので、次の場面への準備であったり、衣裳替えであったりするのではないかということが思い浮かんだりした。
ガーター亭の亭主がドイツ人の宿泊客に騙される場面なども本筋とは無関係だが、時事的エピソードを加えることで観客の関心を惹きつけるという効果をもっていただろうことを感じる。
『ウィンザーの陽気な女房たち』は『ヘンリー四世』のフォルスタッフを観たエリザベス女王が「恋をしたフォルスタッフ」の劇を観たいということで書かれたという伝説的なエピソードがあるが、今回リーディングを聞いていて感じたのは、むしろ市民劇としての面白さであった。
ロンドンは現在でも「人種のるつぼ」と言われるが、シェイクスピアの当時もそれに近く、フランス人のキーズ医師、ウェールズ出身のエヴァンズ牧師などのように、ロンドンには各地から人が集まって来ていた。
なかでもシェイクスピアの作品の中では、エヴァンズ牧師のようにウェールズ人がその方言からよく嘲笑の対象として描かれていることが多い。
舞台上での演技がない分だけ、台詞を聞いているうちにこのようにいろいろなことが想像されてくるのであった。
また、台詞が心地よく心に伝わってくるのは、他人の翻訳による朗読ではなく、オリジナルの翻訳であるからという点も見過ごすことが出来ない事実である。心に優しく響いてくる訳であった。
出演者は、前述した俳優以外に、TSC主宰者で演出者でもある江戸馨(クィックリー、召使いジョン)、森由果(フォード夫人、ガーター亭の亭主)、真延心得(フォード氏、スレンダー、ウィリアム・ペイジ)、中崎たつや(ペイジ氏、キーズ医師、バードルフ、召使いロバート)。
朗読時間は、途中10分間の休憩を入れて3時間。

(翻訳・演出/江戸馨、作曲・演奏/佐藤圭一、5月14日(土)16時開演、両国・シアターXにて。 
チケット:1000円、 全席自由席で最前列の中央部にて観劇)

 

>> 目次へ