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  ジャスティン・カーゼル監督・映画 『マクベス』       No. 2016-012

― 心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えたマクベス ―

 魔女、マクベス、マクベス夫人など登場人物の描き方、および戦場とスコットランドの風景など、映像ならでは可能な場面も多々あり、色々な面において刺激的な映画であった。
 冒頭部の場面は赤ん坊(幼児)の死の埋葬場面から始まる。その赤ん坊はマクベス夫妻の子であるが、マクベスは戦場にいて不在であり、埋葬には妻のマクベス夫人とその周囲の人物しか参列していない。
 赤ん坊は土葬ではなく火葬されるが、この紅蓮の炎は後に、原作にはないマクダフ夫人とその幼い子供たちの焚刑や、バーナムの森が燃える風景と重なってイメージされてくるが、それは映画を観終わった後の感想である。
 ここで描かれるのはマクベス夫妻にも子供があったということと、二人にも日常の営みがあったということが暗に示されているということである。
 マクベスと反乱軍との戦闘のシーンでは、古代(1-4世紀)スコットランド人であるピクト人が体に絵を描いたりしていた慣習を暗示しているのであろうか、マクベスの側では、戦いを前にして刺青のように顔に縦縞模様の線を描き入れるのが印象的であった。
 マクベスはピクト人の血を引いている(注1)といわれており、ピクト人とはその名が示す通り、ラテン語でpainted menを意味する。
 戦闘シーンはストップモーションを入れながら、凄絶な場面が繰り返し映し出され、その中でマクベスが呆然と立ち尽くしている場面がある。
 勇猛果敢と称賛されるマクベスも、実は内面にはその悲惨な光景のトラウマに捕らわれていた―いわゆるPTSD (注2)(心的外傷後ストレス障害―非常に大きなショックを受けた後、憂鬱・恐怖・悪夢・性格変化などの一連の障害)に襲われていたのである。
 マクベスは戦争に明け暮れる生活で、家庭に戻れば夫人の前でその障害を見せることがあり(映像にはないがマクベス夫人の台詞からそのように想像される)、それゆえに、魔女の予言でマクベスが王となる知らせを聞いた時、マクベス夫人はマクベスがときおり示すその障害のために弱気になることを心配する。
 マクベス、マクベス夫人の性格がともに、その結果を招く原因が予め映像化されて用意周到に提示されている。
 マクベスが荒野で出会う魔女は、魔女というよりロマ(ジプシー)を思わせ、老女ではなく比較的若い女性で、一人は手に黒い布に包まれた赤ん坊を抱いており、3人の魔女とは別に少女のような魔女が一人付き添っている。
 マクベスがダンカンを殺す前に現れる幻の短剣は、反乱軍との戦闘で殺された少年兵(彼の死んだときの様相がマクベスのトラウマにもなっている)が短剣をマクベスの前に差し出し、マクベスはそれを取ろうとするが取れず、その少年兵の後を追ってダンカン殺害へと向かう。
 バンクォーが暗殺者たちに殺され、息子のフリーアンスが彼らに追い詰められるが、魔女たちによって忽然と暗殺者たちの前から姿を消されて助けられる。
 宴席でバンクォーの亡霊で惑乱するマクベスを、マクベス夫人はよくある症状であると説明するが、それは彼女が、夫が戦場で受けた精神的障害による発作をこれまでにもいくたびも見てきていることを示している。
 その宴会に出席せず、イングランドに逃亡したマクダフの城を襲い、森に逃げ込むマクダフ夫人とその子供たちを捕えて火刑にするが、その場に立ち会うマクベス夫人はその様子を見て涙を流す。その涙は、マクベス夫人が我が子を火葬した時の情景とも重なっている。
 マクベス夫人が流す涙はそこにとどまらず、夢遊病の場面でも涙を流す。彼女はそのとき手を洗うのではなく、血糊で錆びた短剣を必死に洗い落とそうとしている。
 夢遊病状態でいる彼女の前に、一人の幼女が座っていて彼女を見つめていて、それもふっと消え去る。
何かに誘われるようにして魔女たちが佇む荒涼とした平原に茫洋として立ちつくすマクベス夫人の姿が哀れに見える。
 このようにマクベスも、マクベス夫人も、ともに心の内に精神的病いを抱えた存在として描かれている。
イングランドの援軍と共にマクベスの城に攻め寄せてきたとき、バーナムの森が動くのではなく、森は燃え、その森の炎がダンシネーンに向かって燃え広がってくることで森が近づいてきているように見える。
 戦いの末、マクダフに殺されたマクベスは座したままの状態で死んでいて、傍には彼の剣が突き立てられている。
 マルコムの兵士たちの一群がその場を影のように通り過ぎていくその後に、バンクォーの息子フリーアンスがどこからともなく現れ、その剣を抜き取って、炎上する風景の中へ溶け込んで走り去って行く。
 それを見送っている3人の魔女たちと、魔女の少女―。(完)
 監督、主演の俳優たちが国際色豊かで、監督のジャスティン・カーゼルはオーストラリア出身、マクベスはドイツのハイデルベルグ生まれのマイケル・ファスベンダー、マクベス夫人はフランスのパリ生まれの女優、マリオン・コティヤール。
 上演時間は1時間53分。

 

5月13日(金)、TOHOシネマズ新宿、料金:3000円

(注1) 参考資料:フランク・レンウィック著/小林章夫訳 『とびきり哀しいスコットランド史』
(注2) PTSD = Post-traumatic stress disorder

 

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