高木登 観劇日記2016年 トップページへ
 
   シェイクスピア・カンパニー公演 『新ベニスの商人』      No. 2016-005
 

宮古の鳴子温泉をモデルにした舌奈(べろな)温泉でつながる温泉三部作、『新ロミオとジュリエット』、喜劇『新リア王』に続き、最後を飾る『新ベニスの商人』。
登場人物のネーミングと構想の面白さで楽しませてくれるだけでなく、観劇後にほのぼのとした心の温もりを感じさせ、充足感に満たされる劇である。
それは前二作がシェイクスピアの悲劇であるにもかかわらずハッピーエンドで終わったように、この劇でも問題の人物シャイロックが悲劇的人物で終わらないことで、観ている我々も救われる気持となるからでもある。
時代背景を江戸時代に移し、登場人物も実在して我々にも親しみのある人物、水戸光圀公や大岡越前守なども登場してくる。
主だった登場人物のネーミングでは、アントーニオが、紅洲(べにす)の廻船問屋、高田屋杏人(あんと)、バッサーニオは杏人の亡くなった親友の長男、紙屋馬左男(まさお)、シャイロックは近江商人の金貸し、東洲斎沙鹿(さろく)、その娘ジェシカは東洲斎しか、ポーシャは伊達吉村公筆頭家老稲村家の姫君で稲村志保(しほ)、侍女のネリッサは桂ねりとなっている。
箱選びの場面では、最初に登場するのが水戸光圀公である。
光圀公はどの箱に志保の絵姿が入っているか分かっているが、故意に外して金の箱を選び志保姫の幸せを祈って立ち去る。
次に登場するのは腰も折れ曲がり、歯も抜け落ちた老人である材木商の大黒屋門左衛門。
彼も亀の甲より年の劫で、志保の父親がどの箱に彼女の絵姿を入れているか分かっているが、いよいよ選ぶときになって、悲しいかな大黒屋は歳のせいで目がよく見えず、誤って銀の箱を開けてしまう。
こうして鉛の箱は無事に馬左男が選ぶことになる。
その時になって彼の親代わりでもある杏人の持ち船が難破して沙鹿に借りた3百両が返せなくなり、杏人が証文通り肉百匁(もんめ)を切り取られることになるという知らせの文が届く。
この裁判に登場するのが、江戸から駆けつけたという志保が変装した大岡越前守である。
大岡裁きによって杏人は無事救われるが、原作と大いに違っているのは、助命の交換条件であった貸し金の倍の6百両を受け取るように言われた時、沙鹿は、それは初めに拒否したので受け取れないと言って、元金の3百両だけしか受け取らなかったことである。
それだけでなく、志保の扮する越前守が杏人に対して沙鹿に感謝するように言い渡すところも大いに異なっている。
沙鹿が家に戻ると、舌奈(べろな)温泉旅館の御曹司門太練三(もんた・れんぞう)と駆け落ちして逃げていた娘のしかが戻っていて、父親を慰め、好物のシシャモを焼くからといってそそくさと準備する。
これで舞台は終わらず、高田屋杏人が沙鹿の名を冠した氷滑り(アイススケート)大会の幟を持って登場し、舞台上(畳の上)での氷滑り大会が催され、登場人物全員が揃って氷滑りの真似ごとに興じる。
その中に飛び入りで、ちょんまげ頭の鬘をかぶった劇団主宰者の下館和巳も一緒になって氷滑りの真似事に興じ、観客から一斉に拍手を得る。
この中の中心人物はなんといっても、紅洲の町の人からよそ者として、また卑しむべき金貸しとして蔑まれてきたシャイロックである近江商人の沙鹿である。彼がこの時初めて町の人に受け入れられることで、この物語がハッピーエンドで結ばれることになり、我々の心も和むのである。
終演後の挨拶で、いつものように主宰者から被災地の人について語られた。
下館氏は、震災から5年もたつと「被災地の人」として区別するのは差別ではなかろうかという気持ちを抱いたが、実際に被災地を回ってみると、「被災地」であることを忘れて欲しくないという気持ちが切実に伝わってくるという。
それがこの作品の沙鹿、すなわち、シャイロックの差別問題をどう扱うかというテーマにつながってきている。
いつもながら、主宰者下館和巳の心のこもった真摯な言葉に胸が掻き立てられる思いで帰路につくことになる。
今回も素晴らしい劇を、ありがとう!感謝!!感謝!!!

(脚本・演出/下館和巳、脚本構想/下館和巳、丸山修身、鹿又正義、菅原博英、笹気健治、
2月27日(土)14時開演の部、池上実相寺にて観劇。チケット:2500円)

 

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