高木登 観劇日記2016年 トップページへ
 
    板橋演劇センター公演 No.98 『ヘンリー六世・第一部』      No. 2016-001
空白

シェイクスピアの作品の中では歴史劇、とりわけ『ヘンリー六世』三部作は非常に面白いにもかかわらず、英国史になじみの薄い我々日本人にはとっつきにくい面がある。
自分がはじめてこの『三部作』を原文で読んだときなどは、親子二代にわたったりするとき、同じ名前で違う人物であったりしてよく混乱したものだった。
板橋演劇センター公演の観客は地元のごく普通の人が多く、シェイクスピアにも普段それほど親しんでいるとも思えず、ましてや英国史に通じていることはまずないという人たちが大半だと思う。
そのごく普通の人たちである、自分の後部に座っている年配の女性たちが、舞台を観ていて結構笑っている場面が多くあった。
英国史など知らなくとも普通の芝居として楽しんでいるし、またそのように楽しめる芝居であった。
今回のこの芝居について一言で表せば、愛嬌のある楽しい芝居であったと言える。
そして今回特に感じたこととして、若い出演者のフランス皇太子を演じた栗原彰文、サフォーク公をおかまっぽく女性的に演じた島原英希、乙女ジャンヌの樋口泰子、ヘンリー六世の真上さつきなどが、溌剌と楽しく演じており、見ていても楽しく嬉しい気がした。
板橋演劇センターのシェイクスピア劇全公演に出演している遠藤栄蔵、鈴木吉行、酒井恵美子は、その出演を観るだけでも安心感というか、心の安らぎを覚えさせてくれ、彼らのひたむきな姿勢にプロの演劇集団にはないものがあって、それが自分にとっては別の楽しみでもあり、喜びとして感じられるのだ。
この『ヘンリー六世・第一部』は、順序としては『第三部』、『第二部』に続き、板橋演劇センターにとって『ヘンリー六世』三部作上演の最後を飾ることになった。
物語はヘンリー五世の葬儀の場から始まり、そこからイングランドの貴族間の対立が進行していく発端の場でもあるが、主としてフランスでの戦い、それもイングランドの猛将トールボットとフランスの救世主オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルクがヒーロー、ヒロインとして活躍する舞台である。
そのヒーロー、トールボットをベテランの鈴木吉行、ヒロインの乙女ジャンヌを若い樋口泰子がさわやかに演じた。
全作品の演出を手掛けた遠藤栄蔵は、ウィンチェスターの司教と、サー・ジョン・フォルスタッフ、それにオルレアンの砲台長を演じ、酒井恵美子はフランスのオーヴェルニュ―伯爵夫人、砲台長の息子などを演じた。
ウィンチェスター司教は、グロスターと対立していかにも憎々し気な人物であるが、遠藤栄蔵が演じるウィンチェスターはどこか愛嬌があって憎めない人物となっているのは、彼の人柄が出ているせいでもあろう。
彼のサービス精神旺盛なところは、ちょい役でサー・ジョン・フォルスタッフとして登場してくるときのメイクにもよく表れており、観客席の年配の女性から「かわいい」という声が漏れ出るくらいであった。
ベテランのサービス精神は、ヒーロー役である鈴木吉行も単にトールボットの役だけでなく、彼の憎い敵であった乙女の父親である羊飼いの父親役をも演じており、演出上のキャスティングの巧さを感じさせられた。
女性の真上さつきが演じたヘンリー六世もさわやかでフレッシュな感じで好ましかった。
出演者における個人的な感想では、劇団AUNの星和利の客演は思いがけないことだったので非常に嬉しく思った。彼についてはシェイクスピア・シアターの時代から見てきているだけに、元気に活躍している姿を見るだけでもうれしい。ソールズベリー伯、モーティマー卿、それにローマ法王の使節としての枢機卿の役などを演じた。
最後の場面は、フランスとイングランド和平の場で終わるが、フランスの皇太子シャルル(栗原彰文)は、意味ありげな不敵な笑いを秘めて、舞台は暗転する。これも印象的でよかった。
休憩なしで、約2時間30分の上演であった。
次回はいよいよシェイクスピア全作品上演の最後となる『ヘンリー八世』。

(訳/小田島雄志、演出/遠藤栄蔵、1月16日(土)14時開演、板橋区立文化会館小ホールにて観劇)

 

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