高木登 観劇日記2015年 トップページへ
 
  劇団山の手事情社公演 『タイタス・アンドロニカス』      No. 2015-40
空白

「般若心経」の読経の声に始まり、「般若心経」の読経で終わるこの舞台では、原作では全く登場しないタイタスの妻が喪服姿で語り部の役をし、語りをしていないときも舞台上から消えることなく黙々と編み物などにいそしむ。
「山の手事情社」の舞台の特徴は、抑制された様式美としての所作と台詞の発声にあるが、原作に基づく台本に依存しない構成も大きな魅力の一つとなっており、今回の大きな特徴としては、演出者の安田雅弘が『タイタス・アンドロニカス』を「テロリストの誕生」として読むことによって、物語の展開にも原作とは大きな違いを作り出している。
舞台の奥、中央には電子レンジを乗せた大きな冷蔵庫があり、下手にはブラウン管方式のテレビ受像機が置かれているが、この電子レンジの存在から、タモーラの息子二人がそれでパイに焼かれるのであろうことは想像がつく。
想像外は、アーロンの赤ん坊が冷蔵庫で冷凍され、肉の塊としてアーロンの前に投げ出されたことだった。
それにローマの貴族イーミリアスがゴート族の将軍となったタイタスの長男リューシアスのもとに、ローマ皇帝サターナイナスの使者のもとに赴いた時、原作とは異なり殺され、それだけではなく皮を剥がれて送り返されるという残虐な場面(台詞)が挿入されている。
使者は普通殺されることはなく、無事に戻ることが出来るもので原作でもその通りになっている。
使者を殺すということはテロリストの所業であり、その意味ですればリューシアスはテロリストということになる。
アーロンとの約束で赤ん坊を殺さないと誓っていて冷凍漬けにして殺してしまったのもテロリスト的な所業といえる。
では、リューシアスをテロリストとして描いているのであろうか。
必ずしもそのようには見えない。
むしろシリアにおけるIS(イスラム国)というテロ集団に対するアメリカを中心とする反政府側の軍、そしてシリア政府軍という三つ巴の関係を想起させる。
圧巻だったのは、両手を切られ、舌を切り取られたラヴィニアの所作と声の発声であった。
その声をどのように表現したらよいものか筆力では尽くし難いが、これまでに聞いたことのない声であった。
様式化された所作の中で、タモーラのメイクと所作はタイかインドネシアの小乗仏教的舞踊を感じさせた。
また、殺された人間が首から逆立ちするような形で反転する所作にも目を見張るものがあった。
これらの様式化されたスタイルとしての非日常的な所作と台詞で、「山の手事情社」がシェイクスピアの古典劇に新たな命を吹き込み再創造する、それを味わい楽しむことが出来た。
タイタスの妻に水寄真弓、タイタスに浦弘毅、リューシアスに川村岳、サターナイナスに佐藤拓之、タモーラに倉品淳子、アーロンに山本芳郎、ラヴィニアに山口笑美など、総勢21名の出演。
上演時間は、休憩なしの1時間45分。

(構成・演出/安田雅弘、11月8日(日)14時、吉祥寺シアターにて観劇。
チケット:4500円、座席:E列10番)

 

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