高木登 観劇日記2015年 トップページへ
 
  演劇集団円公演・マーロー原作 『ファースタス』      No. 2015-35
空白

「死は最善の眠り」―激しい雨の音。黒い衣装の女のつぶやきから始まる。
舞台は円形で、前方部が半円に突き出ており、そのためにD列が最前列となって、前方の観客席は扇形に舞台に面している。
舞台中央部には石造りの大きな机、その机に老眼鏡をかけた一人の初老の男が何やら本に読みふけっている。
舞台後方の半円部には上部がアーチ状をした出入り口が3つあり、その間にはそれぞれ大きな書棚が並んでいて蔵書がいっぱい詰まっている。
黒い衣装の女はその机の前方部に腰かけて、傍白している。
男は、机から立ち上がってその女に近づき、首を絞めて殺す。
舞台は暗転して、軽快なラジオ体操の音楽とともに、場面は老人ホームに変わる。
舞台前方部では、戦後まもなくにはラジオ体操に3番があったことを女性の老人が話していて、なぜ3番がなくなったかその理由を説明している。
彼らの後方、すなわち机の背後には、例の初老の男が本に夢中になっていて、彼は他の老人たちと交わろうとはしない。
ラジオ体操の話を熱心に聞いていた男の老人が彼女に指輪を差し出し受け取ってほしいとプロポーズするが、女の方では「困るわ」という言葉を残して舞台から引き下がっていく。
介護ヘルパーの若い男と女が、本の虫の老人についていろいろ噂をし、彼は恋をしたこともないのだろうと言う。
老人は彼らの話を聞いていないようであって実はしっかり聞いていて、「愛されることより、愛することの方が大事なんだ」と言って引っ込んで行く。
この本の虫の老人が本の世界に入っていきフォースタスとなり、黒い衣装を着た若い女はメフィストフェレスとなり、マーローの『フォースタス博士の悲劇』の物語の展開となっていく。
途中でも老人ホームに場面が時々移るが、「絶望して死ね」と言われるフォースタスの最後から、劇の最初の場面に戻り、明るいラジオ体操の曲の後同じ場面が繰り返され、同じように男が女に指輪を差し出すが、今度は、彼女は指輪を受け取るので、物語は円環的でありながらスパイラル構造となって同じ位置には戻らない。
若い女は、机にうつ伏して寝入っている本の虫の男に向かって、「もうすぐ会えるから」と言って消えていく。
男は女を愛していたが、何らかの理由で彼女を殺したことが想像される。
女は若い時にその男に殺されているので、歳を取らずに姿かたちは今も若いままであり、男は老人となって死期も遠くないことが暗示されているように思われる。
この導入部と結末によって、フォースタスが最後にメフィストフェレスを抱きしめる場面の意味を感じさせる。
『フォースタス』をこのような形で展開させてゆくことで身近な作品に感じさせ、悲劇と言うより喜劇的要素の強いものとなっている。
「円」のベテランから若手を含め、総勢18人の出演で賑やかな舞台で、劇中のフォースタスを演じたのは井上倫宏、メフィストフェレスを演じた乙倉遥が、動きもよく、台詞回しもしっかりしており、特に目の輝きが印象的であった。
演劇集団円はここ数年エリザベス朝演劇を上演しており、自分にとっては貴重な存在で毎年楽しみである。
上演時間、休憩なしで1時間40分。

(原作/フィリップ・マーロー、上演台本・演出/鈴木勝秀、10月18日(日)14時、
東京芸術劇場シアターウェストにて観劇。チケット:5200円、座席:D列16番)

 

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