高木登 観劇日記2015年 トップページへ
 
  ラゾーナ川崎プラザソル9周年記念公演 『マクベス』      No. 2015-34
空白

JR川崎駅の改札口を出て左に曲がると広くて大きな円形広場になっていて、左手には野外スタジオがあり、この日も何か催し物があると見えて早くも多くの人だかりがしている。
その広場を真っすぐ突き抜け、緑色の看板の下を通って建物の中に入り、右手のエレベーターにのって5階まで行くと目指す劇場ラゾーナ川崎プラザソルがある。
初めて訪れる劇場だがチラシの地図の案内に従って進むと、方向音痴の自分にも珍しくストレートにたどり着いた。
ラゾーナ川崎プラザソルは今年9周年記念で、10回目の今回、初めてのシェイクスピア劇公演であるという。
余裕を持って早めに家を出たので開場となる12時半まで20分以上あったが、全席自由席と言うこともあってか早くも一人だけ並んでいた。
客席を両側にして真ん中が平土間の長い通路のような川の字構造の舞台作りとなっており、正面奥に当たる部分が階段状の舞台で、そこがダンカンやマクベスの王座の場となる。
12人の出演者のうち一人を除き、全員が新国立劇場演劇研究所の第4期生から8期生までの卒業生で、女性はマクベス夫人を演じる5期生の山崎薫一人で、彼女と同じ5期生でマクベスを演じる梶原航以外は全員一人数役をこなす。
この舞台を一口で表現すれば「激走するマクベス」とでも名付けたくなるほど、若くて、エネルギッシュで、パワーに満ち、テンポの速い進展でまさに激走していく舞台であった。
魔女の登場は、この長方形状に長い舞台の三方に分かれて登場し、頭から体全体まで粗布をまとい、直立したままで塑像のように見え、所作はなく、語る台詞は、はじめ呪文のように聞こえる。
魔女が消えると、一転舞台は明るくなり、天井から赤い紐状の布が無数にさっと垂れ下がってきて、黒いランニングシャツの衣装の兵士たちがスローモーションの動きを交えながら戦いの場を演じ、始まりからして大いなる期待を感じさせるものがあった。
主演の梶原航のマクベスは、終盤に向かっていくほど目の形相がぎらぎらとしていき、魔女の魂が乗り移ったかのように見えた。
山崎薫のマクベス夫人は、これまで観てきたどのマクベス夫人のイメージとずいぶん違った感じがし、その感じをどのように伝えたものか言葉がみつからなかったが、それは子供っぽさの残った小悪魔とでもいうようなものであった。
そのことを表象するのが最後の場面で、マルカムが新たにスコットランドの王となり一同が「万歳!!」と叫んでいるところに、倒れたマクベスのところへ、最初に登場した時の白い衣装でマクベス夫人が現れ、マクベスに紙の王冠をかぶせ、一同の万歳の唱和と呼応して、「バンザーイ!バンザーイ!」と両手を何度も挙げて万歳を繰り返すその姿は、いたずらっこの小悪魔の所作ともいうべきものであった。
この最後の場面は、この『マクベス』の舞台全体を表象化させるものとしても興味ある演出であった。
愉快な場面は、マクベスが自分の運命を知ろうと魔女たちのところに赴き、最後にバンクォーの子孫が登場するところで、まるで嘲笑うかのように大口を開けたバンクォーの顔の実物大の紙の面を全員がかぶって通り過ぎていくところで、この場面では観客全員の静かな笑いに包まれ、舞台が一気に明るく和やかな雰囲気となった。
そして最後には、階段状の舞台の上に立って同じように自分の顔の面をかぶった当のバンクォーがその面を取り外して顔面血だらけの素顔を出し、にたりと笑う。
マクベス夫人を演じる山崎薫以外に女優がいないのでマクダフ夫人はどうなっているのであろうかと思っていたが、それはダンカンを演じる木村圭吾が演じ、ことさら女っぽさを強調する演技でもなく、さらりとしたさわやかなものであった。
ダンカンの息子二人のうちドナルベーンはまったく登場せず長男マルカムだけが登場するが、彼を演じたのは今年3月に新国立劇場演劇研修所を卒業した8期生の薄平広樹で、最初は寡黙で見るからに弱弱し気な影の薄い印象のマルカムであったが、マクベス打倒で立ち上がる後半部ではその仮面を取り払ったかのように豹変する。
あまりの激走で、後半部になっていくと見ている自分の方が走り疲れた感じで最後には疲労感が漂ったが、若い力を余すところなく感じた舞台であった。
上演時間は1時間50分(休憩なし)。

(翻訳/河合祥一郎、演出/西沢栄治、10月3日(土)13時開演、ラゾーナ川崎プラザソルにて観劇。
チケット:4000円。全席自由席)

 

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