高木登 観劇日記2015年 トップページへ
 
  流山児★事務所創立30周年記念公演 『マクベス』    No. 2015-30
 

現在の視点で捉え直した新作 『マクベス〜Paint it Black〜』

流山児との最初の出会いは、1988年12月の『マクベス』だった。
そして今回、流山児事務所創立30周年記念公演スペシャルとして再び、『マクベス』と再会できたことが、いつかもう一度観たいと思っていた自分にとって最大の喜びであり、意味ある事であった。
その年は東京に転勤して3年目、東京で初めて観たシェイクスピア劇がこの流山児祥演出の『マクベス』であった。
それまで流山児の名前などまったく知らなかったが、ただシェイクスピアの作品というだけで下北沢の本多劇場(ここも初めて入る劇場であった)に飛び込んだのだった。
残念なことにその時の記録など一切ないが、ただ強烈なイメージとしてその残像が残っているのは、最後のシーンだと思うが、轟音と共にヘリコプターに吊り上げられていく迷彩服を着た兵士の姿と激しい銃撃音であった。
その時の舞台全体の印象は、アメリカと北ベトナムのベトコンとの戦いのイメージであったことと、流山児のダイナミックな演出であった。
ダイナミックでパワフルな演出という点では、今回も同じであった。
平土間の舞台を見下ろす形の三方をコの字型に囲む客席から見ると、その臨場感が余計に強く煽られる。
今回の舞台も、総勢38名という多人数の出演で、エネルギッシュで、パワフルで、ダイナミックな、流山児フル回転という舞台であった。
この国が「戦争する国」へと変貌しようとする今この時、そのことを懸念して警鐘を鳴らすかのような、原作にはないプロローグが入るのが今回の大きな特徴といえた。
昨年ノーベル平和賞を受賞したパキスタンの少女マララ・ユスフザイに扮して民族衣装を着た女優(廣田裕美)が、平和賞受賞演説の一節を静かに語りながら舞台の盆のまわりを下手奥からぐるりと一周する。

<ある人は(私のことを)タリバーンに撃たれた少女と、
ある人は、自分の権利のために闘う少女と(呼ぶ)。
私には二つの選択肢がありました。
一つは何も言わずに、殺されるのを待つこと。
二つ目は声を上げ、そして殺されること。
私は二つ目を選びました。
声を上げようと決めたのです。
なぜ銃を与えるのはとても簡単なのに、本を与えるのはとても難しいの?
戦車を造るのはとても簡単で、学校を建てるのがとても難しいのはなぜ?> (注1)

彼女が去った後の舞台では、股を広げた女が今しも出産しようとしているのを、大勢の女たちが取り囲んでいる。
マララを演じた女を含め、その女たちはすべて魔女役を務め、ある種のコロスともいえる存在である。
赤ん坊が産まれ、周囲の女たちに取り上げられる。
突然、大勢の男たちが入り乱れての戦闘を始め、そしてみな死に、この光景は最後のシーンでも繰り返される。
赤ん坊は、舞台中央にある円形の井戸に葬られる。
原作にはないこれらの序章が終わって3人の魔女が登場し、「いつまた会おう、三人で?…いいはひどい、ひどいはいい」と言って、いよいよ本編『マクベス』の始まりとなる。
舞台の場所は、かつての南ベトナムを思わせる架空の国家―ダンカンが治めるビエンナム王国。
すべての地名はベトナム風に改められ、コーダーもバオダイとなっている。
そのような変更があるものの本編はほぼ原作に忠実になぞられるが、ところどころに仕掛けがなされている。
その一つに、原作では長男となっているマルカムが次男にされていることがある。
本来次男であるドナルベインがここでは長男として、足が少し不自由で杖をついているという人物設定。
そのためかダンカンは長男を差し置いて、次男のマルカムを王の継承者とする。
長男の足が不自由であるからといって次男が王位を継ぐという設定は、最後に何かあることを予感させるのに十分であったが、果たしてこのことは最後に実証されることになる。
舞台の大詰め、マクベス軍とマルカム軍の戦士たちは激闘を繰り広げた末、みな死んで舞台上に横たわり、マクダフは激闘の末マクベスを倒し、マルカムに「国王万歳」と告げる。
マルカムはそれに答えることなく、瞬時の沈黙の間をおいて、銃撃音がし、マクダフもマルカムも倒れてしまい、舞台上に生きている者がいなくなる。
殺したのは暗殺者に変装していたドナルベインで、その場に登場すると顔の変装を自ら手で引きはがし、顔面をイスラム国の兵士のようにすっぽりと白いポリ袋で覆った男を後ろに従えて静かに舞台後方に去っていく。
覆面のためその人物の正体は分からないが、自分にはバンクオーの息子フリーアンスのように感じられた。
男たち全員が死んだ舞台はこの劇の始まりの繰り返しで、そのことが円環的構造を示すことになり、戦争を繰り返す人間の愚かな歴史をも表象することになる。
総勢17名の魔女たちが要所々々で登場することでこの劇の猥雑さと混沌を増幅させる効果を持たせている。
魔女たちを演じる一部に、流山児事務所所属の“楽塾”の熟年老女6名が加わっていたのも、”楽塾“の舞台を何度か観たことのある自分にはうれしく、楽しい気持ちがした。
門番も3人で演じられ、彼らもコロス的な性格を帯びている面白さがあった。
他にも仕掛けはいろいろあるが、マクベスが自分の運命を確かめようと魔女を訪れたとき、釜の中(ここでは井戸になっているが)から、最初はダンカンが出てきてマクダフに気を付けろと言い、次はマクダフ本人が登場して女から生まれた者にマクベスは倒せないと予言し、続いてバンクオーの影が次々に登場し、最後に登場するバンクオーが王冠になぞらえられた帽子をもって現れることなどは、自分にはジョーク的な面白さを感じさせるものがあった。
マクベス演じた杉宏二はパワー全開でパワフルな演技、マクベス夫人演じる伊藤弘子の台詞回しは、現代風なツッコミ表現があったりして、シェイクスピア的でないズレの落差感覚が面白かった。
そのほか主だった役では、バンクオーに石橋祐、ダンカンに栗原茂、マクダフに阿佐ヶ谷スパイダースの伊達暁。
上演時間は休憩なしの2時間15分。

(注1)マララさんの平和賞受賞演説より抜き書きで引用。

(訳/松岡和子、構成・脚本/西沢栄治、脚本・演出/流山児祥、8月23日(日)14時開演、
座・高円寺1にて観劇、チケット:4000円、座席:G列11番)

 

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