高木登 観劇日記2015年 トップページへ
 
  Tama + project 公演 『ハムレッツ Hamlets』      No. 2015-13
 

この劇を公式化すると、ウィリアム・シェイクスピア x 江戸馨(TSC) x 3・11=ハムレッツ。 
シェイクスピアの『ハムレット』を元にした東京シェイクスピア・カンパニー(TSC)の江戸馨の創作劇、3人のハムレットが登場する『ハムレット』を観たのは、2011年2月26日、神楽坂のシアター・イワトであった。 
2011年といえば、東日本大震災のあった年であり、TSCの公演はその1か月満たないすぐ前のことであった。 
それから4年後の今日、まさにその大震災のあった日に、3・11を絡ませたこの『ハムレッツ』を観た。 
『ハムレッツ』は、TSCの3人で演じる『ハムレット』を下敷きにして、それとは異なった形で3人のハムレットと3人のオフィーリアが登場し、シェイクスピアの台詞の合間にオフィーリアが仙石線の少女となって仙石線の駅名を呼称し、駅名が不通となった個所で途切れる場面が断続的に挿入される。 
ハムレットを演じるのはこの作品の構成演出をする丹下一と、仙台市出身の茅根利安、そして野田貴子。 
丹下のみがハムレット役のみで、茅根は他にクローディアス、レアティーズ、墓堀りを演じる。 
オフィーリアを演じるのは、仙台出身の絵永けい(他に先王ハムレット、ガートルード、墓堀り)、ハムレットも演じる野田貴子(他にガートルード、墓掘り)、それに石巻市出身の橋本識帆(他に仙石線の少女役)の3人。 
ハムレットの独白を中心に、ドラマは断続的に、かつ同じ台詞の場面を役者が変わって繰り返し演じられる。 
ハムレットの独白では「堅い堅いこの体、いっそ溶けて崩れ、露になってしまえばいい」[注]や、”To be or not to be”の独白、尼寺の場面、クローディアスの祈りの場面、オフィーリアの水死の場面などが後先となって繰り返しで演じられる。 
ヒグマ春夫が映し出す映像は、ロールシャッハの図柄のようであり、時に津波を思わせる模様が交錯してオフィーリアの水死と重なることで余計に津波を連想することになる。 
台詞と台詞の間に侵入してくる水野俊介が演奏するウッドベースの音が、緊迫感と緊張感とが感覚を煽る。 
この舞台では役者の台詞だけでなく、この映像とベースの演奏そのものも登場人物と言える存在感がある。 
墓掘りの場面では、オフィーリアが水に溺れたことに関連して暗に福島の原発事故が風刺される。 
一人の墓掘りが「万が一にも起こらないのであれば、王様のいるところに作ればいいんだ」と言えば、もう一方の墓掘りが「(万が一にも起こるのは)想定内だから(自分のところには作らないんだ)」と揶揄する。 
ここには「福島」も「原発」という言葉も出てこないが、「想定外」のアンチテーゼとして「想定内」という言葉によって返って強烈なパンチを感じる。 
全体的に非常に緊迫した雰囲気であり、ストレスのかかる舞台であるが、個々の役者の台詞(台詞力)そのものをも深く味わうことができる舞台でもある。 
茅根が演じるクローディアスの祈りの場面では、スマホに録音された声を再現させ、本人はそのスマホを凝視しているだけという趣向も意外性があって興味深かった。 
上演時間は70分と短いが、観終わった後、心の中に何かが残り、その”何か“をじっくり反芻したくなるような濃縮された舞台であった。

[注] 文中の台詞の訳文は便宜的に松岡和子訳で代用した。

 

(テキスト/W. シェイクスピア、江戸馨ほか訳 「ハムレット」、構成演出/丹下一、
3月11日(水)19時半開演、 
新宿・タイニイアリスにて観劇。チケット:2800円)

 

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