普通は「尺には尺を」とか、「以尺報尺」、「策には策を」と訳されているが、「魚心あれば水心」のタイトルを見てこれほど内容にしっくりくる訳はないと感じ入って、この作品の朗読上演にも興味と期待が一層募った。しかも全編ノーカットでの朗読上演。
そして今回が明大前キッド・アイラック・アート・ホールでの40回目となる記念すべき定期朗読会に、これまでになく9名という大勢の出演者が参加し、内2名(中崎たつやと松井隆幸)はTSCに初参加であった。
タイトルの訳もそうであるが、本文の翻訳もしなやかで、翻訳者で演出者でもある江戸馨の細やかな優しさを感じさせ、朗読を聞いていてその台詞劇をじっくりと味合わせてくれる。
それぞれの登場人物を浮かび上がらせてくれる出演者の朗読力にもかかわっている。主演格の公爵とエスカラスを朗読するかなやたけゆきと江戸馨を除き、他の出演者はすべて複数の役を朗読する。
江戸馨によるキャスティングに特徴があってそれも関心の的であるが、今回のハイライトは公称(?)七色の声の持ち主、"TSCの姫"といわれるつかさまりがヒロインのイザベラと女郎屋の女将オーバーダンという対称的人物を演じての朗読で、期待に外れず楽しませてくれたが、圧巻は最後の場面で兄クローディオが生きていたと分かった時の驚きの表情で、目は虚空を見つめ、唇は小刻みに震えていて、思わずずっと見入ってしまった。
道化的キャラクターで楽しませてくれる川久保州子は、ジュリエットや警吏エルボーなど5役を演じた。
田山楽のルーシオと囚人バーナダイン、森由果の看守とマリアナ、真延心得のアンジェロとフリンギライ(死刑執行人のアブホーソン)、中崎たつやのポンピーとクローディオ、松井隆幸の紳士2やトーマス神父などの5役と、それぞれに対称的人物を演じ分けるのを聞いて楽しむことが出来た。
朗読劇のよいところは余分なものがないために、じっくりと内容を反芻しながら聞くことが出来るところにある。
冒頭の江戸馨の作品の解説で、この作品は『ハムレット』と同時期に書かれ、悲劇でも喜劇でもなく「問題劇」とされていることが説明されたが、この朗読を聞いていて『ハムレット』に通じる台詞のあることに改めて気付いたり、いろいろな疑問・問題も次々と浮かんできたりした。
疑問点についてはまず始まりからあるが、公爵はなぜ急に出立することにしたのか、1幕2場でのルーシオと紳士との会話から、ウィーンはハンガリーとの和解が成立しなければ総攻撃を受ける危機的状況にあるにもかかわらず、その問題は忘れ去られている。
公爵の行動なり台詞は後付けの理由で説明が可能な部分も多分にあるが、それはこじつけにしかならない。
一番の問題は最後の公爵のイザベラへの求婚である。イザベラはそれを受け入れたのかどうか曖昧なままで、この場面の演出が一番興味を引き、関心のある所である。
つかさまりのイザベラは、公爵の求婚には原作通り返事をしないままであるが、兄クローディオが生きていたという驚きの表情が、そのまま公爵の求婚への戸惑いと驚きに重なって感じられた。
イザベラは俗世間との関係を絶ち、修道院に入ろうとする身であるが、そのことはどうなったのか、この公爵の求婚で疑問符が重なる。
全体を通して疑問符が多くつくこの作品は過去には見向きもされなかったが、20世紀になって見直され、英国で盛んに上演されるようになったというのも頷ける興味ある作品でもある。
朗読劇でその興味と関心を一層募らせてくれ、TSCで舞台上演されるのが待ち遠しい。
朗読時間は途中10分の休憩を入れて2時間40分。
翻訳・演出/江戸馨、作曲・演奏/佐藤恵一
11月22日(日)16時開演、明大前キッド・アイラック・アート・ホール
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