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  インターナショナル・シアター・ロンドン来日公演 
         幻のシャイロック 『ヴェニスの商人』       
No. 2015-018

 毎年この時期に来日公演でやってくるITCLは、男優4名、女優2名の6人でシェイクスピア作品を演じる。  その6人の俳優で、20名近い人物が登場する『ヴェニスの商人』で、誰がどのように複数の役を演じるかという興味と共に、省略される登場人物にも関心がわく。 
 また、現代ではユダヤ人に関する政治的・社会的問題からその上演にも非常に神経質にならざるを得ない面もあるだけに、シャイロックがどのように演じられるかも一番の関心事である。 しかし、『ヴェニスの商人』は、まず喜劇作品であり、その喜劇性がどのように描き出されるかも期待の一つである。 
 ITCLの『ヴェニスの商人』は、それらの興味、関心事、期待感のいずれをも満足させてくれるものであった。 
 上演は、途中15分間の休憩をはさんで2部構成となっており、前半部ではヴェニスとベルモントの二つの場面を畳1枚よりやや大きめの衝立を裏表ひっくり返すことで示し、後半部の法廷の場面やベルモントの場面ではその衝立は使われない。 
 道化としてのランスロット、老ゴボーは登場しないが、ランスロットの代わりにポーシャを演じる女優がシャイロックの召使い役として登場する。 従って、ランスロット、老ゴボーが登場する喜劇的場面はないが、その分、モロッコ大公とアラゴン大公が登場する箱選びの場面でたっぷり喜劇的に楽しませてくれる。 
 モロッコ大公には、従者と男優演じる上半身裸のダンサーが付き添って、原作にはない所作・演技で楽しませてくれる。 
 アラゴン大公が登場する前には、牛の頭のぬいぐるみをかぶった役者がまず登場し、ポーシャを追い回す。 そこへアラゴン大公が、「姫、一大事!」、とばかり闘牛士に扮して登場する。 
 これら二つの場面では、台詞より所作・演技でたっぷりと時間をかけて楽しませてくれる。 
 一人の役者が複数の人物を演じるとき、その登場人物が同時に登場する場面ではどうするかというのも見どころの一つである。 
 特に、女優2人で、ポーシャ、ネリッサ、ジェシカの3人を誰がだぶって演じるのか難題に感じるが、これはネリッサ役を演じる女優がジェシカをダブって演じた。 
 法廷の場では、ヴェニスの公爵、シャイロック、アントーニオ、バサーニオ、グラシアーノ、裁判官のバルサザーに扮するポーシャ、書記に扮するネリッサの7名が少なくとも必要だと思うが、男優4名で1名不足し、ここではグラシアーノが欠けることになる。 
 しかし、指輪を渡すためにバサーニオがグラシアーノに追いかけさせる時になって、いち早く退席したヴェニスの公爵がグラシアーノに早変わりする。 
 法廷の場の後、ベルモントでのロレンゾーとジェシカの二人が愛を語り合う場面にポーシャとネリッサが戻ってくる場ではジェシカがその前に退場し、ポーシャもその場には一人で現れ、ネリッサはグラシアーノに指輪の件で追い回しながら後から」登場してくるという工夫を凝らしている。 
 このように主要な人物がダブって登場する場をうまくつなぎ合わせて演出して、当初の期待に応えてくれる。 
 一番の関心事であるシャイロックについては、演出として興味深い場面が二つほどあった。 
 一つは、法廷の場面で、キリスト教徒に改宗することを迫られたシャイロックが退場する前、アントーニオの所作に習って胸に十字を切らされ、苦痛にゆがんだ表情と所作をするが、その演出に新鮮さを感じた。 
 今一つは最後の場面で、これまでにもいろいろな工夫の演出に付け加えがなされてきているだけに、どのような終わり方をするのか大いに関心があった。 
 すべてめでたく収まった後、舞台下手にシャイロックが登場し、そのシャイロックに向かってジェシカが必死に訴えかけるが、その場にいるシャイロックはジェシカにとっては幻でしかなく、その叫びは虚しく終わる。
  幻のシャイロックは、壺のような大きさの物を風呂敷でくるみ荒縄で結んでいるものを手に抱え、法廷の場を立ち去る前に口にした台詞、「私の命でも何でも取り上げてくれ。許してくれとは言わない。家を支える柱を取るのは家を取り上げるのと同じ、生きるための資産を取られるのは命を取られるのと同じ」と叫んで倒れ伏す。 
 舞台上手の端に跪いているアントーニオは、冒頭の「まったく、どうしてこう気が滅入るのか、我ながら厭になる」という台詞を繰り返し、舞台が暗転する。 多くの舞台がそうであるように、この舞台でもやはりシャイロックが一番印象深かった。 
 そのシャイロックを演じた俳優が、ポーシャの召使いのバルサザーとステファノーを道化的に演じたのも見ものであった。 
 出演は、ホリー・ヒントン(ネリッサ、ジェシカ)、ジョエル・サムズ(グラシアーノ)、キャロライン・コロメイ(ポーシャ)、ギャレス・ディヴィーズ(シャイロック)、アンドリュー・ゴダード(アントーニオ)、マックス・ロバートソン(バサーニオ)。 
 上演時間は、途中15分の休憩を挟んで2時間20分。


舞台監督/ポール・ステッピングス
5月30日(土)15時半開演、明星大学、シェイクスピア・ホール

 

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