前売り券の整理番号が1番で、一番に会場に入り、いつものように最前列中央部に席をとる。 続いてやって来た同年輩と思われる男性が僕のとる席を確認して、真横に席をとる。
中央部の席は全部で12シートあり、僕は上手側から6番目の席、彼は下手側から6番目の席。 その後、最前列のシートには誰も来ず、12シートの中央部に男性二人が並んで座る格好となった。 このような場合普通は一つ分開けて座ると思うのだが、話しかけてくるでもなく奇妙な体験であった。
ドラマはタイトルからも察せられるようにシェイクスピアのバックステージものである。
時と場所は、昭和8年(1932年)春、東京の四谷あたりに新しく設立された劇団「蔵」の稽古場。 劇団創設者の大学教授、長谷川孝蔵(浜田晃)の新訳『マクベス』を劇団旗揚げ公演の稽古の場面から始まる。
新訳に当たっては劇団の中心人物の一人篠崎信之(いわいのふ健)が下訳を手伝ったことで、訳者を連名にする約束になっていたのを、出版社の編集者の意見を聞き入れて翻訳者を長谷川一人の名前にすることを偶然にも篠崎は盗み聞きしてしまう。
一方、長谷川の協力者の蕎麦屋の主人渡辺(根本和史)の依頼という名目で三宅という女性(小松みゆき)が劇団に衣装係として新たに加わる。
三宅は知人から禁書であるマルクスの本を預かっており、長谷川はかつて愛人として愛した三宅の安全をはかって自分がその本を預かるが、その場の光景を篠崎夫妻が陰で目撃してしまう。
いよいよ『マクベス』公演のキャスティング発表となったとき、マクベスは予定された通り篠崎になっていたが、マクベス夫人の役は劇団員全員が篠崎の妻、華(藤田佳子)と信じて疑わなかったにもかかわらず、意外にも衣装係の三宅となっていた。
華は、劇団の中心人物である二人が脱退すれば劇団が成り立たなくだろうと夫をそそのかし、長谷川の秘密を握った今、逆に長谷川夫妻を追い出すことを言い出し、『マクベス』の場面と錯綜させて、華はマクベス夫人よろしく、決断しかねている夫にその実行を迫る。
稽古中に特高警察がやってきて長谷川を禁制の本を隠し持っている罪で引き立てていく。
篠崎夫妻は、一時は長谷川追い出しを考えたものの、彼を売るという実行には至っておらず、秘密を洩らしたのは誰のせいかと訝り、長谷川を救うことができるのは三宅しかいないということで、華は彼女に助けを求める。
三宅は実は芸者で、彼女を見受けしようとしている政界の黒幕に身を託すことで長谷川は無事救出され、マクベス夫人の役も当初の予定通り、篠崎華となる。
しかしながら、新訳『マクベス』は官憲の検閲で上演不可能なまで黒塗りだらけで出版社から戻ってくるという一難去ってまた一難が生じる。
篠崎が劇団旗揚げ公演の『マクベス』上演を、黒塗りの部分を無視して自分たちの夢の続きを実現させようと立ち上がるところで劇が終わる。
この舞台で興味深かったのは所見での本読みの稽古の状況がどんなものか知ることができたことで、また、ドラマの進行中に挿入される舞台『マクベス』のハイライト・シーンの演技やストーリ展開のミステリアスなサスペンスの面白さも楽しむことができた。
惜しむらくは、特高警察の演技を含め、時代背景としての昭和8年の雰囲気があまり感じられなかったことである。
新訳が小田島雄志訳というのも、シェイクスピア的なアナクロニズムで面白いと言えば面白いが、昭和8年という時代性を感じさせるオリジナルの訳であればまた違った面白さがあったのではないかと惜しまれる。
プログラムを参考に昭和8年という時代を見ると、「前年より富国強兵策がとられ、満州国を巡って国際連盟を脱退し世界から孤立。『蟹工船』の小林多喜二が特高警察に逮捕され拷問死。三陸沖地震(M8.1)、伊豆大島三原山が自殺の名所になるなど何やら不穏で暗い幕開けでした」。
現在と重なるような時代背景に改めて思いを深くせざるを得ない。
上演時間、1時間50分。
作/森 治美、演出/安井ひろみ、劇中劇「マクベス」翻訳・小田島雄志
3月27日(金)14時開演、 池袋・"あうるスポット"、チケット:5000円。全席自由
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