いつもだと必ずS席を選ぶのだが、今回は料金の問題もあってA席で予約したが、2階席の中央部最前列でスケールの大きな舞台全体を見渡すことができたので結果的にはよかったと思った。
ジョン・ケアードのシェイクスピア劇を観るのは新国立劇場での『夏の夜の夢』以来だが、この『十二夜』でも丁寧でスケールの大きな舞台(装置)の演出を感じた。
客席も舞台もまだ明るい状態の中、舞台上では楽師たちが音楽を奏で、オーシーノ公爵が椅子に座ってじっと聞き入っている、その状態のまま数分間(5分以上に感じる)が続いてやっと客電が落ち、そこではじめてオーシーノの台詞が発せられる。その間、オーシーノとともに観客も楽師の奏でる音楽を楽しみ味わうことができる。
公爵の邸の場の後半部で嵐を告げる雷鳴と稲妻があってイリリアの海岸へと場面転換したのも見事だった。
船長から兄セバスチャンが無事嵐を乗り切った様子を目にした話を聞いて、ヴァイオラは「そう言って下さったお礼に、このお金を」と大きなケースを開けてお金を取り出すが、そのケースにはヴァイオラが男装するための兄と同じ衣装も入っているのが見えるという細かい演出にもこれまでにないものを感じた。
冒頭の公爵の邸での会話もこの場面での会話も原作(翻訳)通りじっくりと語られ、しかも小道具をはじめ具体的な所作を伴っていて演出の丁寧さを感じた。
舞台装置が可動式になっているので場面転換にアクセントを感じるのも大きな特徴の一つであった。
全体的に丁寧な作りで展開する個々の場面の印象はさて置いて、最後の場面にこの演出の最大の特徴を観た。
オリヴィアとセバスチャン、ヴァイオラと公爵、マライアとサー・トービー(この二人は舞台下手の袖でひっそりと仲睦まじくしている)の3組のカップルがめでたく結ばれ、突然の嵐とともに一同オリヴィアの邸の中に入っていくが、後に4人だけ残る。
この舞台全体を締めくくる道化のフェステが中央部に、そして舞台奥には復讐を誓ったマルヴォーリオが雨に打たれるシルエット姿で佇み、上手の端にサー・アンドルー・エイギュチークは雨宿りするかのように建物の陰に立ち、下手袖側ではアントーニオが台座にうつむいて座っている。
彼らはこの祝宴から取り残された孤独な存在であり、そのことが強調して感じられる印象深い演出であった。
数度のカーテンコールのあと、全員がフェステの指揮で「風と雨」の歌をコーラスにして歌ったのも祝宴的なさわやかサービスを感じた。
一人二役というそれ自身は大きな特徴とは言えないとしても、ヴァイオラとセバスチャンの一人二役での最終局面で二人が同時に登場する場面がどうなるのか期待で楽しみであったが、代役が背丈、顔つきまでよく似ているので二人が同時に存在する場になった時、どちらがどちらであったのか見事な早変わりでまったく気が付かなかった。
『十二夜』は演出によって主役的に感じる人物が変わって、その多くはマルヴォーリオであることが多いと思うが、今回のキャスティングでは、壌晴彦のサー・トービーと青山達三のフェイビアンに捨て難い印象を感じた。
ヴァイオラとセバスチャンの二役に元宝塚の音月桂、オーシーノに小西遼生、オリヴィアに中嶋朋子、マルヴォーリオに橋本さとし、マライアに西牟田恵、道化フェステに成河、サー・アンドルー・エイギュチークに石川禅など。
休憩20分を挟んで3時間10分の上演時間。
プログラムの1700円は非常に高いと思うが、ジョン・ケアードの母親が詩人で、その名もヴァイオラであるとプログラムで知ったのは収穫であった(ケアードと翻訳者の松岡和子の対談の中で語られた)。
翻訳/松岡和子、美術・衣装/ヨハン・エンゲルス、音楽・編曲/ジョン・キャメロン
3月10日(火)13時開演、日生劇場、
チケット:(A席)7000円、座席:2階A列27番、プログラム:1700円
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