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  SPAC公演 武石守正主演 『ハムレット』             No. 2015-009

 大きな体の背中を丸めてうずくまった状態のハムレットが、周囲の状況に無頓着にビー玉を転がして遊んでいるところに、クローディアスの謁見の場から舞台は始まる。
 演出家の仕事は、与えられた素材をいかに調理するかでしかない。言うなればサラダを作るような、または生け花のようなものだと宮城聡は、当日のアフタートークで語っている。
 これまでそれこそ何千回、何万回と数え切れぬほど上演されてきた『ハムレット』を、本場のイギリスのように、またはロシアのようにやろうとしても敵わないことははっきりしているので、残された道は結果的に様式的にならざるを得ないとも言う。
 100分間の上演時間ということで場面のカットはしても全体としての骨格は原作と変えていないが、主要な人物で登場しないのはローゼンクランツとギルデンスターン、それにフォーティンブラスや墓堀なども登場しない。全部で12人の役者が登場する中で旅役者を演じるのが5名で全体の4割を占め、しかも他の登場人物との二役を兼ねることもないが、亡霊の役だけは、ハムレットが亡霊として自らに語りかけるという台詞の二役を演じる。
 2008年の初演時には、SPAC芸術監督として宮城聰は『ハムレット』と『ドン・キホーテ』の2本立てで上演したいということで、SPACの俳優が二分され(『ドン・キホーテ』は原田一樹が演出)、そのことで登場人物の省略という演出になったのかどうか自分にはわからない。
 ポローニアスをはじめ自分の手にかかって死んだ者に対して、ハムレットは等身大のサイズの三角錐状にまるめたブリキを横に倒して添える。その猛々しい荒武者的な武石守正演じるハムレットの印象もさることながら、最も衝撃的だったのは悲惨な殺戮の場面の最後にフォーティンブラスの登場そのものはないが彼の音声だけがあって、その後に天井からすさまじい音を立てて段ボール箱が落ちてきたことだった。
 それは、一緒にバラケテ落ちてきたチョコレートでそれがチョコレートの入った段ボール箱であることが分かるが、それとともに聞こえてくるのがジャズの音楽、そのことで、それが戦後の廃墟の場面で進駐軍からの贈り物であることが分かる。
 そのことによって、命の表象でもあった三角錐のブリキが、戦後の荒廃の中での掘立小屋に使われたトタンをイメージさせられ印象的であった。
 アフタートークのゲストでメゾソプラノ歌手の波多野睦美が、トークの締めくくりでシェイクスピアの同時代の音楽家ジョン・ダウランド・ウォルシンガムの曲でオフィーリアの歌を聞かせてくれたのが感動的で心にしみた。


翻訳/小田島雄志、演出・宮城聰
2月21日(土)16時開演、静岡芸術劇場、
チケット:3400円、プログラム:200円、座席:K列15番

 

【蛇 足】
観劇当日、帰宅が夜の11時過ぎとなって観劇のメモも残さないまま、翌日新宿梁山泊の『ハムレット』を観て、同じ演目を続けて観てしかもどちらの印象も強くて、そのために先に観たSPAC公演の『ハムレット』の記憶のほとんどが消えてしまった。この観劇日記は、新宿梁山泊の観劇日記の後にしたためた。

 

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