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  劇団山の手事情社公演 『テンペスト』               No. 2015-004

―プロスペローが描く鏡の世界―妄想の世界―

 舞台は全体に暗く闇の世界のようである。
 舞台中央から上手側にかけて、倒壊した能舞台のようなセット。
 劇団山の手事情社の演技スタイルそのものが、能や歌舞伎のような和風様式美で表象する所作であるが、この『テンペスト』でもシェイクスピアの台詞そのものを様式美化したような舞台であった。
 冒頭の嵐の場面では、登場人物たちが船の形に整列し、船の難破を語るのに最小限度の文字が舞台奥の闇に映し出されるだけで、台詞はなく、手足の所作だけで状況が表現される。
 その嵐の場面で、妖精役の俳優たちが魚の絵など描いたボードを掲げて舞台の前方部を往復、海を表現する。
 能舞台のようなセットの上では、プロスペローとミランダの親子がこの嵐の情景を見守っているが、プロスペローがミランダのスカートの中に頭を突っ込む場面があって近親相姦を感じさせるものがあったが、孤島の中で親子二人、父と娘とは言え男と女、そんな気持が芽生えないでもないという考えを起こさせても不思議でないものがあった。
 プロスペローとミランダの関係をそのような角度で見ると、ナポリ王を男性でなく女王として登場させているのも、その意図は別にして息子ファーディナンドと女王との関係も穿ってみたくなる。
 舞台の構造を「鏡の世界」としてみることも可能である。そのような形で見るとき、ナポリ王や弟アントーニオがプロスペローのいる孤島に近づいてきたという一連の出来事は、彼が描き出した妄想の世界と言える。
 「鏡の世界」を裏付ける一つの表象が、この舞台の始まりから終わりまで舞台上手に、裸の人物が板の上に束縛されて寝かされた状態にあって、時おり彼は苦しげな痙攣の発作を起こす。
 この人物を見てキャリバンは「あれは自分だ!」と叫ぶが、このことは取りも直さずもう一つの世界、「鏡の世界」を表わしている。
 妄想の世界―鏡の世界―では、プロスペローは、キャリバン、トリンキュロー、ステファーノらによって殺され、柩の中に入れられる。
 復讐のための嵐を起こすことに始まって、最後にすべてを許すプロスペローは孤独な存在で、孤島の中で正気と狂気(妄想)の世界をさまよっている、そのようなことを感じさせる異色の面白みがあった。
 所作の様式美と共に、劇中に歌謡曲を挿入しているところは鈴木忠志の世界を彷彿させる。
 出演は、プロスペローに山本芳郎、ミランダに倉品淳子、エアリエルに浦弘毅、キャリバンに岩淵吉能、他。
 上演時間は1時間30分。


訳/坪内逍遥、演出構成/沢海陽子、監修/吉田鋼太郎
1月13日(火)13時開演、浅草・アミューズミュージアム・6階イベントホール
チケット:2500円、全席自由

 

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