高木登 観劇日記2014年 トップページへ
 
  彩の国さいたま芸術劇場 『ジュリアス・シーザー』      No. 2014-40
 

台風19号は未明には関東地方を抜けて行って、今回は無事に観劇することができた。 
昨年は、9月16日に『ヴェニスの商人』の予約をしていたが台風18号の影響と1歳になる孫の椛(もみじ)の急病で観劇を断念してチケットを無駄にしているので、今回も台風が気が気でなかった。 
先行予約抽選で当たって取れた席が、S席でも1階の最後列のT列。
一番後ろの席ではあったが舞台が大きいので全体を俯瞰するのにはむしろ良いくらいであったのが不幸中(?)の幸い。細かい表情など気になる場面では双眼鏡で観察。

舞台全体が階段状になっていて、階段の最上段中央部には純白の「カピトリーノの雌狼」の大きな像―ロムヌスとレムスの双子の兄弟が雌狼の乳を飲んでいる像―があり、同じ蜷川演出『タイタス・アンドロニカス』(2004年初演)を思い出させ、舞台全体を階段にしているのは同じく蜷川演出のローマ史劇(悲劇)『コリオレーナス』(2007年)に相通じる。 
舞台装置としてはローマの屋外の場面にはカピトリーノの雌狼の像が置かれているが、屋内の場面では人物の彫像が並べ、戦場のブルータスの陣営の場ではテントを感じさせる布幕が背後を覆う。そして戦場では、真っ赤な色をした大きな月を階段舞台の上方部に半分ほどのぞかせる。 
2幕構成の前半部はシーザー暗殺までの場で、後半部はブルータスとアントニーの演説の場面から始まる。 
全体を通してはテキストに忠実な演出だという印象で、そういう意味では舞台装置を含めて特に目新しく驚くようなものはなかった、というか蜷川演出に慣れてしまったという感じであった。 
このことは自分にとっては逆に作品そのものと正面から対峙せざるを得なくなってくる。 
劇自体の全篇を貫く構造としては「対立」であるが、その対立から生じる悲劇の根底にあるのは「誤解」や判断の誤りである。 
対立は冒頭の場面からすでに始まる。シーザーを支持する市民たちが祭日でもないのに仕事を放り出してシーザーの凱旋を祝って街路に集まっているのを、ポンペイを支持する護民官マララスが追い払う、一般市民と護民官の対立がそれである。この場面では、蜷川得意の猥雑な群衆の演出が目を引く。 
最も大きな対立であり、この劇の主題の基調をなしているのは、シーザーとキャシアス、アントニーとブルータスの対立であり、それぞれの側の内部にも対立を内包している。 
その中でもアントニーの側では、すでにアントニーとオクテヴィアスの対立が垣間見え、それがやがて表面化するであろうことが眼に見えていて、オクテヴィアスを演じる松尾敏伸の演技がそれをよく体現していた。 
悲劇のもとになっている誤解、判断の誤りとしては、シーザーの危険に対する過小評価、言い換えれば、自信過剰からくる判断ミスが自らの死を招き、思ってもいなかったブルータスまでもがその加担者(首謀者)となっていたことで絶望せざるを得なくなる。 
ブルータスの悲劇は言うまでもなく、アントニーに対する過小評価という判断ミスにある。しかしもっと大きなものは、時代の潮流とでもいうべきものであろう。 
この二人の見せ場は、市民の前での演説で、特に状況を覆すアントニー演じる藤原竜也の演説の台詞を聞くのはこの場面の最高の見どころの一つでもある。 
内部的対立では、ブルータスとキャシアスの対立、この二人を演じる阿部寛と吉田鋼太郎の激しい言葉の応酬もこの劇の大きな見せ場の一つにもなっていた。 
戦場でブルータスのテントにシーザーの亡霊が現われたとき、すぐさま感じたのは『ハムレット』であった。 
『ハムレット』の、ポローニアスがブルータスの手にかかって死ぬシーザーを演じたと言う台詞を思い出し、この『ジュリアス・シーザー』と『ハムレット』のキャスティングの関係図が自分の頭の中に出来上がったのだった。 
ブルータスはハムレットで、山本道子演じるカルパーニアがガートルード、浅野望のポーシャがオフィーリアというふうに思われ、直感的に感じたのはそこまでであった。 
最後、ブルータスが死んで倒れている姿は、手を横に伸ばしていてキリストの十字架の磔刑を思わせ、受難のキリストとしての荘厳な気高さを感じ、強い印象を受け、このドラマの主役が間違いなくブルータスであることを確信させるものだった。 
シーザーを演じたのは蜷川シェイクスピアではこのところおなじみの横田栄司であるが、タイトルロールでもあり台詞力も大いに感じたものの、早めに消えるせいかこの舞台全体では埋没して感じた。 
総じて言えばこの劇は、阿部寛のブルータス、藤原竜也のアントニー、吉田鋼太郎のキャシアスの舞台であったが、護民官のマララスと扇動的市民役を演じたたかお鷹も楽しませてくれた。 
美術は中越司、衣裳は小峰リリー。 
上演時間は、途中20分の休憩をはさんで3時間。

(訳/松岡和子、演出/蜷川幸雄、10月14日(火)13時半開演の部、彩の国さいたま芸術劇場・大ホールにて観劇、チケット:9500円、座席:S席1階T列15番、プログラム:1600円)
*プログラムは後日の資料のために買っているが、今回は読まないまま資料としてそのまま保管。

 

【観劇メモ】 
これまで自分が観た『ジュリアス・シーザー』の記録をチケットの半券で確認してみたところ、板橋演劇センターを除いてすべて海外からのもの、また英国で観たものであった。

 
<観劇リスト> 
1.1994年2月25日:ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー公演、ディヴィッド・サッカー演出 (パナソニック・グローブ座) 
2.1995年5月28日、ブランドラ劇場(ルーマニア)、アレクサンドラ・ダリエ演出 (パナソニック・グローブ座) 
3.2000年11月12日、ヤング・ヴィック・シアター・カンパニー公演、ディヴィッド・ラン演出 (東京グローブ座) 
4.2003年1月16日、板橋演劇センター公演、遠藤栄蔵演出 (東京芸術劇場・小1) 
5.2009年8月9日、ルーシー・ベイリー演出 (ストラットフォード・アポン・エイヴォン、コートヤード・シアター) 


(英国観劇ツアー日記に観劇日記として記録あり)

 

>> 目次へ