高木登 観劇日記2014年 トップページへ
 
  『ロミオとジュリエットのこどもたち』      No. 2014-39
 

全体の構成としては2部構成となっていて、第1部は原作『ロミオとジュリエット』のダイジェスト版を劇画化し漫画的に描き、第2部は400年後の現代版『ロミオとジュリエット』的なものとして取り込んでいる。 
原作のダイジェスト版『ロミオとジュリエット』の舞台は解体前のビル工事現場の様相を示しており、休憩後の第2部ではビルが解体されて架設の金属パイプの足場が舞台となっていて、解体された『ロミオとジュリエット』を表象しているかのようである。 
この自分の見方が的を射ているとすれば着想としての面白さの評価はできるが、シェイクスピア劇としては物足りなかった。 
特に、第1部では場面転換ごとに入る金属音の音楽(ノイズ)が、耳障りを超えて神経を逆なでして気分が悪くなるほど耐え難かったのと、台詞も演技も漫画化しているとはいえ、茶番的に過ぎた。 
大きな声を張り上げる時などは台詞が十分に聞き取れないことがあり、発声の基礎訓練ができていないように思われた。 
また、ストーリーの展開中、終始、舞台の隅で女性記者のような存在が影のようにしてカメラ(ビデオ?)で撮って回っていたのが、どういう意味があるのかと気になった。 
しかしながら、ダイジェスト版としての構成は、台詞回しに感情移入もなく淡々と進行し、スピード感もあってうまくまとまっていたと思う。 
キャピュレット家の舞踏会の場面でのロミオとジュリエットとの出会いの場面は、二人の会話がほとんどなくパントマイム的に演じられ、バルコニーシーンでもハイライトの台詞はほとんどカットされているが、これらの台詞は第2部において要所々々で語られることで有効に使われる。 
第2部のストーリーは内容(意味)を理解するのに追われるが、途中でこれがロミオとジュリエットの「こどもたち」の場面であるであろうことに気付く。 
第1部でジュリエットを演じた女性は、3階の架設足場の中央に始めから終わりまでいて、歌を歌う以外はただ黙って立っているだけである。 
ロミオは、第2部では古泉という青年となり、その他の人物もマキマキマキューシオや、ティボルト前橋などそれぞれ名前を変えて登場するが、物語そのものとしては『ロミオとジュリエット』との共通性はない。 
共通性はないものの全体の雰囲気としてロミジュリの台詞が挿入されることで『ロミオとジュリエット』を感じさせる。 
2部の全体の構成としては、400年の時代を超えて白鳥満月=ロザラインが古泉=ロミオを追ってきて、マキマキマキューシオも古泉を恋しており、隊長ことミス・ロマンティックレッグもラヴ・ストーリーを追い求めている、というのが第2部の核になっていて、解体作業の工事現場の脇筋の話を絡ませている。 
弱冠26歳の三浦直之の脚本・演出に、若さの感性による意欲は感じるが、受ける側の自分の感性がそこまで追いついていかないのか、観終わって徒労感だけが残ってしまった。 
出演は、ロミオに亀島一徳、ジュリエットに後藤まりこ、総勢13名の若さにあふれる集団。 
上演時間は、休憩10分を挟んで2時間40分。

 

(脚本・演出/三浦直之、音楽/三浦康嗣、10月4日(土)14時の部、
チケット:2000円(障害者付き添い料金)、座席:E列19番)

 

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