高木登 観劇日記2014年 トップページへ
 
  万有引力公演・幻想音楽劇 『リア王−月と影の遠近法』      No. 2014-19
 

緊張感にあふれる舞台で、逆に途中で集中力が途切れてしまうほどであったが刺激を喚起させる舞台であった。
幻想音楽劇「月と影の遠近法」というサブタイトルが示す通り、この劇の基調は烈火の月と暗黒の闇と幻想的な音楽という表現によって貫かれている。
開演30分前の開場とともに劇場内に入ると、すでに幻想的な音楽が満ちていて、舞台上では黒の半仮面をかぶり鼻から下は毛糸のようなものであしらわれた髭の束が下げたノースリーブの黒い衣裳を着た女が緩慢な動きで舞台を徘徊しており、その女の数は時間の経過とともに一人二人と虫が湧いて出てくるようにどこからともなく現われてきてその数をゆっくりと増していく。
舞台の中央部奥にはからくり人形のような恰好をした道化がいて、最初は不動の姿で本物の人形かと思うが、次第にゆっくりとした所作を見せるようになる。
舞台装置はキュビスムのような幾何学的な木組みの装置で、その両脇には櫓が組まれ、その二つの櫓を鉄橋構造の木組みの橋桁が斜めって結んでおり、舞台最上部には、丸い、青白い、大きな月がかかっている。
開演時間になると、大音響とともに、登場人物全員がそろって舞台上で激しいダンスを繰り広げ、舞台は一転して、月を背にしたエドマンドが橋げたの上にいて、ケントとグロスター伯が平舞台に登場しエドマンドのことを話題に話しこんでいる。
エドマンドが背にする月は、今や青白い月から妖艶な、真っ赤な烈火の月に変容している。
エドマンドの周囲には常に闇の娼婦たちがまとわりついている。その闇の娼婦たちは『マクベス』の魔女であり、この劇のコロス的な役割を帯びている。
闇の娼婦の数は、『マクベス』の倍数の6人で、エドマンドはこの劇においてマクベスを暗示させる存在に見える。
リア王の国譲りの場面でコーデリアが何も言わずにいると、リアが「言葉だ、言葉だ、言葉だ!!」と原作にはない台詞をなんども繰り返すがそこにはハムレットの「言葉、言葉、言葉」という台詞を自ずと思い起こさせるものがある。
この劇では舞台装置もそうであるが、登場人物の衣裳と頭髪にも際立った特徴がある。
衣裳は、風俗的には古代弥生時代的な感じと奈良・平安時代的な様相であるが、奇怪な付属物をそれぞれ身に帯びており、頭髪もそれぞれに異様な形をしていて中世的な時代性を感じさせるとともに超時代的でもある。
所作も古の時代を思わせるところがあり、オズワルドの所作、挙動には歌舞伎的なものを感じさせる。
坪内逍遥訳の台詞がその古式的様相によく調和して自然に聞こえる。
コーデリアを抱いて登場するリアの最後の場面はリアの死をもって終わるだけで、エドガーの最後の言葉もなく、あとは闇だけが残る。その闇に光があたると、舞台にはコーデリアのみ横たわっていて、奥から道化が登場し、彼女をウサギの指人形で誘って二人揃って舞台奥へと消えて行く。
道化の持つウサギの人形は、この劇の基調となっている月に関連して面白い趣向だと感じた。
高田恵篤のリアは悲惨さよりもおおらかさを感じさせた。
エドマンドとリーガンはネットの中でもつれるようにして愛欲を満たし、ゴネリルとは激しい所作による直接的表現で二人の接合場面を表象する。グロスター伯が目を抉られて失明した瞬間、舞台は漆黒の闇となり、目が見えない状態とはこういうものかという世界を表出する。
出演は、コーデリアに村田弘美、ゴネリルに工藤大輝、リーガンに伊野尾理枝、グロスター伯に井内俊一、道化に森ようこ、エドマンドに飛永聖、オズワルドに高橋優太、闇のオペラ歌手に竹林加寿子、他。
上演時間、休憩なしで2時間30分。

 

(坪内逍遥訳版、脚色・演出・音楽/J. A. シーザー、美術・衣裳・メイク/小竹信節、
共同演出・構成/高田恵篤、5月23日(金)夜、座・高円寺1、チケット代:4000円、
全席自由席で最前列中央の席にて観劇)

 

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