高木登 観劇日記2014年 トップページへ
 
  文学座公演 『お気に召すまま』&『尺には尺を』      No. 2014-05
 

シェイクスピア生誕450年を記念して一年間に渡る文学座の“シェイクスピア祭”シリーズが、『お気に召すまま』と『尺には尺を』を同時に一挙公演という形で幕開けした。
当初予約していた日(22日)は大雪のため電車も止まって出かけることができず、日を改めての観劇となった。
二つの舞台に共通しているのは、大きな布を背景にした舞台装置のシンプルさであった。
マチネで観た『お気に召すまま』では、床面と背景としての布(天幕)は渦巻が描かれていて、天上の布と床面とが対をなす形で、天幕はアーデンの森の場面では床に降ろされ、四方の一辺が吊るしあげられて、森の大地と木立を表象するが、別に渦巻き形の大小の樹々が数個配置される。
渦巻は人々を巻き込んでいく混沌、カオスを表象するが、結婚という大円団の中心部に向かって収斂していくので、やがては解決に向かっていくことを予兆するという意味で、この劇を表象するにふさわしい形象だと思った。
ロザリンドには前東美菜子、シーリアに藤崎あかね、オーランドに采澤靖起、ジェークィズに若松泰弘、道化タッチストーンに清水朋彦などが出演。シェイクスピア祭幕開けに相応しい祝祭劇だったと思う。
高瀬久男演出。上演時間は休憩なしで2時間10分。座席はK列21番。
一方、ソワレの部で観た『尺には尺を』の舞台装置は、床面と天上に吊るされる布の模様が、四角形を対角線上に黒と白に色分けしたもので、白、黒とが天地で対照的に位置されている。
この黒と白の対照性は、ウィーンの貴族や役人の黒い衣裳(制服)、とりわけ公爵代理を務めるアンジェロの黒の軍服と、見習い修道女であるイザベラの白い衣装とが対をなしていて、そこに象徴性を感じた。
『尺には尺を』の舞台装置には、他にウィーンの街を想起させる風景を白くかたどった小さな装置が使用されていて、そこには現代の観覧車などが描き込まれているなど、お遊びの精神を感じさせた。
対角線上にはっきりと仕切られた白と黒は、向こうの領域とこちらの領域は混然化しないものとして表象化されているとみることもできる。
ウィーンの貴族や役人それに修道尼フランシスカは黒の制服、それに対してイザベラは見習い修道尼で純白の衣裳、一般市民は様々な色合いの衣裳(現代服)というふうに衣裳の面で区別されている。
『お気に召すまま』の渦巻きといい、『尺には尺を』の白と黒の形象といい、解釈は観る側の自由裁量である。
観る者の見立てによって、自分なりの解釈で観るという楽しみを味わうことができる。
『尺には尺を』では、最後の方で公爵が唐突にイザベラに求婚をする場面があるが、それに対してのイザベラの反応は一切触れられておらず、そこのところがどのように演出されるかが見どころの一つでもあり、楽しみにしている場面でもある。
公爵を演じる石田圭介(好きな俳優の一人)の求婚を受けるイザベラを演じた高橋紀恵の表情がいまひとつはっきりしなかった(というよりはっきり見えなかった)ので、もやもやとした気分で終わった。
他の出演には、老貴族エスカラスに川辺久造、公爵代理アンジェロに大場泰正、ルーシオに高橋克明など、それに警吏エルボーを演じる櫻井章喜などが好演し、舞台をじゅうぶん楽しませてくれた。
鵜山仁演出。上演時間は、途中15分の休憩をはさんで2時間30分。座席はG列22番。
使用した翻訳は、両方とも小田島雄志訳。

 

(2月25日(火)、東池袋“あうるすぽっと”にて観劇)

 

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