タイトルをそのまま読めば、「仁義なき」はタイタスにかかるように見えるが、仁義を忘れたのは実はサターナイナスであることがその演出効果によってはっきりする。
弟のバシエイナスと護民官が押すタイタスとの皇帝の相続争いに、タイタスの推挙によって長男であるサターナイナスが皇帝となり、彼は恩義のしるしとしてタイタスの娘ラヴィニアを妻に迎えようとするが、彼女は婚約者であるバシエイナスに連れ去られる。 公衆の面前で恥をかかされたサターナイナスは、タイタスが献上した捕虜ゴート族の女王タモーラを妻に迎え、タイタスを罵倒する。
そのとき用いられる音楽が東映のやくざ映画「仁義なき戦い」のテーマソングで、サターナイナスの台詞もここでがらりと変わって関西のやくざ風口調となる。
自分にとって旗揚げ公演からすべての公演を観る機会を得ているのはこのカクシンハンのみで、初回の『ハムレット』、2作目の『ロミオとジュリエット』はいずれも翻案劇としての創作劇で、その猥雑さの若きエネルギーに当惑しながらも面白さを感じてきたが、3作目の『リア王』、そして前回の『夏の夜の夢』は多少のデフォルメはあるものの基本的には原作を忠実に描いていると思う。
今回の『タイタス・アンドロニカス』も基本的には原作に忠実である。
カクシンハンの看板女優ということもあってか真以美の早変わり二役が特徴的にもなっているが、今回のラヴィニアとエアロンの二役はあまり感心しなかった。 同じ男女入れ替えてのキャスティングでも、タモーラの白倉祐二の方はまだよかったが、真以美のエアロンは自分には物足りなかった。
主役のタイタスを演じたのは、3作目の『リア王』から連続して出演している河内大和。次回公演予定の『ハムレット』にも彼の名前が筆頭に出ているので、彼を意識に入れた演出が続くことが予兆される。
サターナイナスを演じた丸山厚人は、唐組の主力俳優として活躍してきただけに、凄みのある演技でその存在感を見せつけた。
タモーラの息子デミートリアスを演じた神保良介、カイロン役の福本大介の二人が印象に残る演技であった。
音楽ではサターナイナス演じる丸山真人のギター生演奏も強力なインパクトを持つが、それ以上にラヴェルの『ボレロ』を要所々々に用いて、扇情的に気分をあおりたてるのが特徴的であった。
夏休みシーズンとあってか、平日のマチネ公演であるが、若い女性が8割以上の感じであった。若い男性もいたが、年配の観客は少なかった。
この公演の意図については、観客にあてられた黒い封筒に入った手紙、演出者のメッセージをそのまま伝える方がよいだろう。
<こういうセカイになってほしくないという思いで、しかし、もしもこういうセカイになったら、ぼくらはどうやって生きてしまうのかということを、ボクが生きていくであろうこれからの100年に思いをはせながら、この作品を創りました。(中略)より豊かなセカイになることを願う一人の青年として、みなさまとの出会いに感謝しつつ、このような戦争と血と復讐にまみれた仁義なきセカイにならないことを願いつつ。カクシンハン主宰、演出家・作家 木村龍之介> (注:下線部は作者強調の傍点を変更してアンダーラインとした)
演出/マックス・ギル
8月3日(日)14時開演、東京芸術劇場・シアターイースト、チケット:2500円、座席:E列12番
|