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  シェイクスピア・カンパニー公演 喜劇 『新リア王』         No. 2014-011

― 『リア王』を東北の利亜寿司店の家督譲りに翻案 ―

 『リア王』は本来悲劇でなく、ハッピーエンドで終わる喜劇であった。シェイクスピアの『リア王』の前に1594年に上演された作者不詳の『リア王年代記』がそれである。
 シェイクスピアの『リア王』も17世紀後半から19世紀半ばまでは、ハッピーエンドの改訂版『リア王』が上演され続けた。
 シェイクスピア・カンパニーの『新リア王』は、昭和40年代初めの日本の東北を舞台にして、リアは利亜寿司社長の大入利亜男(おおいり・りあお)となり、3人の娘への国譲りは、利亜男の社長引退と家督譲りで長女と次女には支店をそれぞれ与え、末娘の貞利亜(てりあ)には本店を譲り、利亜男は彼女と一緒に暮らす予定であった。
 利亜寿司本店親方の井伊健人(いい・けんと)がケントの役で、道化役は常連客の保奈古四郎(ほなこ・しろう)が務める。利亜男はドーヴァー行きのグロスターの役も兼ね、健人はエドガーの役割を一部担う。グロスターの庶子エドモンドに当たるのは、利亜寿司本店の経理部長で孤児の江戸川門人(えどがわ・もんど)。
 シェイクスピア・カンパニーの翻案シェイクスピア劇では、登場人物のネーミングにも特徴が表れている。
 家督を譲った利亜男は、長女の家で、常連客の保奈古四郎や、本店の店員、それに長女の夫まで巻き込んで東京オリンピックごっこをして遊ぶ。
 三宅義信の重量挙げ、円谷幸吉のマラソン、東洋の魔女のバレーボールなど懐かしい場面を子供のように無邪気に楽しんで遊ぶが、長女は本店の店員まで巻き込んで家業がおろそかになることに苦言を呈す。
 本店の店員を店に戻されてオリンピック遊びができなくなった利亜男は、人気番組シャボン玉ホリデーの遊びで、植木等のコント「お呼びでない」などで興じる。
 しかし、娘たちに冷たくあしらわれた利亜男は保奈古四郎と一緒に台風の夜、家を出ていき浮浪者に身を落とし、目も見えなくなり、四郎は風邪をこじらせ肺炎となって病院行きとなって、ひとりになった利亜男に付き添うのは勘当した貞利亜をかばって首にされた井伊健人。
 絶望した利亜男は健人に付き添われて三陸の海岸から身を投げようとする。しかしながら、最後には長女も次女も心を入れ替え、勘当された貞利亜は本店の社長となって寿司を握ることになり、彼女の寿司を口にした利亜男の目も元のように見えるようになり、めでたくハッピーエンドとなる。
 全体の骨格としてはシェイクスピアの原作にそった筋立てであるが、寿司屋とリア王の着想が独創的である。
 リアと寿司屋の結びつきについては、シェイクスピア・カンパニーの主宰者である下館和巳氏の個人的体験に思いが馳せる。氏が10年前に奥様を亡くされて1年後、氏の3人の娘さんの長女が7歳の誕生を迎える時、そのお嬢さんに懇望されたのが寿司であったという。下館氏はそのとき寿司屋に何度も通って握り方を観察して、お嬢さんの誕生日にはお友達も招いて自ら握る寿司をふるまって喜ばれたといことである。
 今回の『新リア王』も寿司屋が舞台ということで、出演者は本職の寿司屋さんに寿司の握り方を教わって本番に備えたそうである。
 実相寺の畳の部屋で、三方が観客席となっていて舞台として使う場所はわずか4畳半と狭い空間、その中で観客の暖かい眼差しと出演者の熱い思いが一体となって、最後の和解の場面では思わず感動の涙が浮かんできたが、心の和む舞台であった。感謝!!!感激!!!

 

脚本・演出/下館和巳
3月29日(土)13時開演、池上実相寺、チケット:2500円

 

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