高木登 観劇日記2014年 トップページへ
 
  TSC公演 『ヴェニスの商人』&『ポーシャの庭』      No. 2014-01
 

長い間待ち望んでいた『ポーシャの庭』の再演を念願かなってやっと観ることができた。
しかも『ヴェニスの商人』と一挙同時上演というおまけつきで。
江戸馨主宰の東京シェイクスピア・カンパニー(TSC)は、シェイクスピア・オリジナルの翻訳劇(すべて江戸馨訳)と、シェイクスピ劇の登場人物のその後を描いた<鏡の向こうのシェイクスピア・シリーズ>という非常にユニークな創作劇とを二軸にして上演活動しているが、そのどちらの公演もいつも楽しみにしている。
<鏡の向こうのシェイクスピア・シリーズ>では昨年の『リアの三人娘』を代表とした「地獄シェイクスピア三部作」が注目されるが、シャイロックのその後を描いたこの『ポーシャの庭』は、13年前に観た時以来是非再演を観たいと願っていた作品の一つであった。
TSCの上演はどちらかというと少人数の登場人物で演じることが多いのだが、今回の『ヴェニスの商人』ではTSC初参加者も含めてかなりの人数が参加しており、上演前にブログで出演者の紹介が順次されていて、それだけでも舞台が開けるのが楽しみでならなかった。
『ヴェニスの商人』と『ポーシャの庭』の両方の同一登場人物のキャストはすべて別であるので、両者の違った持ち味を楽しむこともできるという二重三重の味を味わうことができた。
二つの作品に共通して登場する登場人物のキャストとしては、『ヴェニスの商人』ではシャイロックが紺野相龍、ポーシャは三条会の近藤佑子、ジェシカは工藤早希、バッサーニオは大須賀隼人、ネリッサを土屋咲登子がそれぞれ演じる。
『ポーシャの庭』では、シェイクスピアを原金太郎、ポーシャが森由果、ジェシカが藤井由樹、バッサーニオが東京乾電池の田中洋之助、ネリッサが劇団NLTの永井美羽、それにこの5人に加えて、マリアという謎めいた女性をつかさまりが紫色の衣裳で登場し、衣裳さながら妖艶な演技で、しかもコミカルな味を効かせてにんまりと笑わせてくれる。

さて、昼間の公演で観た『ヴェニスの商人』について。
シャイロックという複雑(?)な人物が登場するだけに、この劇が果たして喜劇なのかどうか釈然としないところがあるのだが、この劇の全体的なトーンとしては明るい喜劇的な要素の色濃い演出であったと思う。
シェイクスピアでは主人公よりもえてして脇役の方が圧倒的に面白いケースが多いことがあるが、今回多種多彩なキャスティングもあって、この舞台でも脇役が大変面白く目を引くものがあった。
開演早々の場面、高い位置に座っているアントーニオ(田山楽)、そのまわりをその友人たち、ソラリーノ(菅野久夫)、サレイリオ(原元太仁)、ソラーニオ(森隆智)が台座に腰かけていて、皆沈黙して何事かあらんという様子。
その場のソラリーノを演じる菅野久夫の目の表情がまずもってひょうきんで緊張感を和らげる。菅野久夫は他に老ゴボーとシャイロックの友人のユダヤ人テュバルをも演じる。脇役ではこの菅野久夫がまず注目される。
目の表情といえば、ネリッサを演じる土屋咲登子が、台詞のない時の表情が素晴らしい。勿論台詞もうまいが、台詞のない時の表情が、つい彼女の方に視線が向いてしまうほどであった。
法廷の場面で裁判官に変装したポーシャを演じる近藤佑子が変装に自信がなくて馬脚を露わさないようにつっぱったような態度で、相手と正面に向きあわないところなど、重々しくなくて、キュートで可愛らしく見えるところなど一味違ってとても好ましく感じた。
紺野相龍が演じるシャイロックは癖のない演技で臭みがなく、その演技を十二分に楽しみ味わうことができた。
舞台装置ではそこまでは気が付かなかったのだが、夜の部の『ポーシャの庭』が終わった後のアフタートークで知ったことだが、舞台中央部の観音開きの小窓がユダヤ人のゲットーを表象しているということであった。
『ポーシャの庭』では、舞台の時代背景も変わっていることから、その窓は扉のない開いたままの空間となっているという違いを見せる。
窓がゲットーを表象していることに気付かずとも、この窓の役割は十二分に果たされているが、『ヴェニスの商人』の最後の場面はいっそうこの窓を印象的なものにした。
キリスト教徒に改宗させられたシャイロックが姿を見せないまま、ユダヤ帽をその窓から投げ落とし、後にはぽっかり黒い空間が残される。
それは『ポーシャの庭』で主役とも言えるシャイロックの運命を予兆する徴にも感じられる。
最近の『ヴェニスの商人』の演出では、終わり方に興味がある。
指輪騒動も治まったところで一同めでたし、めでたしで終わるのがオリジナルであるが、最近の舞台ではよくアントーニオとジェシカが残っていて、それぞれ何かいわくありげな所作で終わる演出や、シャイロックを登場させる演出などさまざまあるが、この舞台ではアントーニオとジェシカがいわくありげに残って、ジェシカは耳飾りのようなものを髪から取り外してそれを見つめた後、小走りに引っ込みあとにはアントーニオだけが残される終わり方であった。
初めにも書いたように全体としては明るい色調を楽しむことができる好感のもてるよい舞台であった。
キャストでは、ほかにグラシアーノに最近のTSC出演常連のかなやたけゆき、公爵やモロッコ王を演じる植野龍二やランスロット演じる少年王者館の小林夢二などが初出演で好演。
この舞台では特に衣裳についても目を引いたので特筆しておいてよいだろう。
それぞれ人物造形にも色濃く反映された衣裳で、非常に良かったと思う。
音楽演奏はいつものように、佐藤圭一。
上演時間は休憩なしで2時間。

閑話休題。

『ポーシャの庭』は、実は翌々日の13日に観る予定であった。
というのは『ヴェニスの商人』との空き時間が3時間で、待ち時間が長いことと、一日に2本観るのはしんどいかなとも思ったので、二つに分けて観ることにしていた。
ところが最初の公演の開場前の待ち時間にたまたま隣に座っていた女性との会話で、自分とまったく同じ理由で『ポーシャの庭』を13日に予約していて、当日になって出直して観るかどうか迷っていたが、結局私同様、その日に観ることで予約を切り替えられた。
『ヴェニスの商人』終演後、成り行きでその女性と、時間つぶしを兼ねてどちらから言いだすということもなく、夕食を共にすることになった。時間をつぶすにはイタリア料理がいいだろうということで、行き当たりばったりでイタリア料理店に入った。
実はその前に看板を見間違えて一階のメキシコ料理店に入ったのだが、おしぼりをもらってメニューを見て間違いに気付き、這う這うの体でお詫びを言ってそのまま店を出て、二階にあるイタリア料理店に入ったのだった。 その店は、手頃な値段で二人一組のセット料理があり、前妻、サラダ、スパゲッティ、ピザの組み合わせで、赤ワインをボトルで取り、食事と会話をゆっくり味わうことができた。 食事を終えて劇場に戻った時はちょうど開場時間でグッドタイミングであった。
食事と会話を楽しませてくれた彼女に感謝!!

さて、夜の部の『ポーシャの庭』の観劇。
待ちに待ったとはいえ、その粗筋はほとんど忘れていたので、初めて観る気分で楽しんだ。
翌日、過去の観劇日記を振り返ってみてみると、2001年10月に、中野の劇場MOMOで観ており、劇の内容については日記の中でかなり詳しく書かれていて、もうここで改めて書く必要もないくらいである。
キャスティングはがらりと変わっていて、その時の公演ではポーシャを牧野久美子、ネリッサをつかさまり、ジェシカを梅崎之梨子、マリアを奈良屋優希、バッサーニオを井手泉、シャイロックを俳優座の中吉卓郎が客演している。 その時のキャストではつかさまりだけが今回登場しているが、役柄はネリッサからマリアに変わっている。ここでどうしても昼間観た『ヴェニスの商人』のシャイロックと較べて観たくなる。
キリスト教徒に改宗したシャイロックが、今度は逆に宗教的な教義についてポーシャに教える立場になっている。
実業者としても成功し、誰からも頼りにされ、信頼もされていて、グラシアーノなどもシャイロックのおかげで事業に成功している。
そういった実業者としての成功者としてのシャイロックを演じる原金太郎は、その精悍な目つきからしてぴったりはまっていた。
6人の子持ちとなったネリッサを演じる永井美羽も、『ヴェニスの商人』でのネリッサを演じた土屋咲登子の細身の体と比較してふくよかな感じで、いかにも6人の子持ちと言うにふさわしく、またおしゃべりででしゃばりな性格も良く出ていて好ましかった。
反対に、裕福でなに不自由ない身分のポーシャとバッサーニオの二人が、満ち足りぬ思いに沈んでいる姿を森由果、田中洋之助がうまく演じていて、これも昼間の『ヴェニスの商人』との比較で興味深かった。
<鏡の向こうのシェイクスピア・シリーズ>に共通して言えることだが、シェイクスピアの作品の登場人物のその後は気になるところだが、特にキリスト教徒に改宗したシャイロックは、作者の江戸馨が述べているように非常に気になるところで、物語としても秀逸な作品だと思う。
このシリーズのどれもが甲乙つけがたく再演、再再演を繰り返して欲しいと思っているが、『ポーシャの庭』は再演までの時間の経過が長かっただけに、新作と同じぐらいに新鮮で、楽しく観た。
最後に、比喩的に用いられる窓について。『ヴェニスの商人』ではゲットーの表象として閉じられた窓を開けて顔を出すのは、ユダヤのシャイロックとネリッサの二人だが、『ポーシャの庭』ではこの開いた窓(空間)に肖像画のようにして顔を見せるのはバッサーニオの孤独な表情であるのが印象的であった。
私の今年のシェイクスピア劇観劇初めは、この東京シェイクスピア・カンパニーの2作で幸先の良いスタートで始まった。
終演後のアフタートークは、明治大学准教授で哲学を教えている高木久夫氏で、ユダヤ教を中心にしてのトークがあり、非常に参考になった。

【観劇の満足度】 二つ合わせて、★★★★★

 

(『ヴェニスの商人』:翻訳・演出/江戸馨、『ポーシャの庭』:作・演出/江戸馨、
1月11日(土)、昼及び夜、下北沢・小劇場「劇」にて、共に最前列中央の席で観劇)

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