高木登 観劇日記トップページへ
 
  いのうえシェイクスピア 『鉈切り丸』 (『リチャード三世』)     No. 2013-036

 インターネットでの予約が遅れて、希望の日程のS席は最後列の右端がわずか3席残っているだけであった。
 1階の28列目ということで、これでは演技の表情などまったく見えないだろうと、期待度も薄い観劇であった。
 それでも『リチャード三世』を日本の鎌倉時代に設定しての翻案劇だということで無理をしてチケットを求めた。
 劇場は新たなビル、ヒカリエの11階にある東急シアターオーブ、今回初めてであったが、28列と最後尾ながらも舞台が意外に近く見えたのは、舞台の領域が広いせいもあった。
 残り3席だったので満席になっているかと思ったら、左右の席が5つほど空いていたので、気分的には落ち着いて観ることができた。
 いのうえひでのり演出なので、照明キラキラ、音楽ガンガンの心構えで観たが、実際その通りの舞台であった。
 『リチャード三世』翻案劇としてのエンターテインメントとしては面白く観ることができたが、シェイクスピアの台詞劇として観た場合、マイクを通した声がやたら大きくてリアルさにかけるだけでなく、台詞の言葉自体がなれなれしくポップ調で、時に聞き取りにくく、最初の間は聞くに堪えない気がしただけでなく退屈に思えてならなかった。
 商業演劇としてはこんなものだろうと不満はおおいにあったが、翻案については非常にうまくまとめられていて納得性のあるものであったと思う。
 場面は範頼(鉈切り丸)の木曽義仲追討の場面から始まり、義仲を討った後、その愛妾である巴御前を見染めて、後に彼女を妻とする。この巴御前は『リチャード三世』におけるアンに相当する。
 範頼は、源義朝が身分の卑しい女郎に産ませた子供で、醜い相貌に加えて傴僂でしかも足が不具として生まれ、母親はそんな我が子を鉈で殺そうとしたが果たせなかった。しかし、本人は臍の緒を鉈で切り落として生まれたことから、鉈切り丸と名付けられたと信じている。この範頼がリチャード三世であることは問題なく分かる。
 範頼の腹違いの兄頼朝は、リチャードの兄で国王のエドワード四世に重なる。
 頼朝の妻政子は、この翻案劇の中ではマクベス夫人を思わせるような人物で、自分の意志、意見を持たない頼朝を絶えず叱咤する人物として描かれ、頼朝は漫画化されたポップ調の軽い存在となっている。範頼の腹違いの弟義経は、お人よしのクラレンス公に当たり、範頼の画策で謀反人として追討される運命となる。
 高倉天皇の中宮平徳子建礼門院はマーガレット-として源氏一門に平家滅亡の憾みの呪いの言葉を浴びせる。
 頼朝の子供、頼家、実朝兄弟は、エドワード四世の皇太子エドワードとリチャード。彼らは範頼の命で忠臣梶原景時に殺されかけるが、景時は、兄弟から頼朝の信頼の言葉を聞いて心を入れ替え、二人を安全な場所に匿う。
 頼朝が流鏑馬の祝宴で毒入りまんじゅうを食べて死ぬと、範頼が征夷大将軍の位を継ぐ。
 その前に邪魔になった巴御前は範頼の手ですでに殺されており、範頼は頼朝と政子の娘を娶りたいと政子に告げるが、その時、景時が駆けつけて頼家と実朝が無事であることを告げ、範頼の陰謀を暴く。
 範頼の最後の言葉は、「馬をくれ、代わりに王国をくれてやる」ではなく、彼の心を表象する鳶に向かって叫び、「羽根をくれ、代わりに鎌倉をやる」である。
 歴史上の人物を虚実巧みに織り交ぜた脚色の面白さは、はじめに述べたようにエンターテインメントとしては楽しめたので、それをもってよしとしたい。
 出演は、源範頼に森田剛、巴御前に成海璃子、範頼の産みの親イトに秋山菜津子、梶原景時に渡辺いっけい、武蔵坊弁慶に千葉哲也、建礼門院に麻美れい、北条政子に若林麻由美、源頼朝に生瀬勝久など多彩な顔触れ。

 

脚本/青木豪、演出/いのうえひでのり、音楽/岩代太郎
11月15日(金)13時開演、東急シアターオーブ、
チケット:(S席)12500円。座席:1階28列43番

 

>> 目次へ