高木登 観劇日記2013年 トップページへ
 
  劇団キンダ―スペース第34回公演『新・新ハムレット2013』      No. 2013-002
 

20世紀は名優が作り上げたハムレットであったが、これからの新しい時代は、時代が作り上げるハムレットを感じさせる。それは、『ハムレット』が時代とともに常に挑戦の意欲をかきたてるものを内包しているからでもあろう。

原田一樹主宰の劇団キンダ―ススペース公演の『新・新ハムレット2013』では、そのことを強く感じさせられた。

太宰治、志賀直哉、大岡昇平などの『ハムレット』をもとにした作品を参考にして原田一樹がシェイクスピアの『ハムレット』を再構成することによって、ミステリー的な展開を持つ面白さが加わっている。

原作にはない台詞を登場人物に言わせることによって、シェイクスピアのオリジナルに、一つの解釈を加えた物語の展開となっているところが面白く、話の展開に引き込まれていく。

物語の顛末を語るのはミステリーの原則を壊すことになるが、この劇の終盤で、クローディアスが断末魔のハムレットに、原作にはない兄王殺害の理由を説明するくだりがある。

クローディアスは、先代のノルウェー王フォーティンブラスとデンマーク王ハムレットの決闘は古い体制の象徴であり、国家の存亡を個人の決闘で危うくする古い軍事体制で、民衆もそのような体制には倦いてきて、自分がやらなくても遅かれ早かれその体制は倒されていたという自己の正当性を主張し、政治的な意味を負わせる。

また、ガートルードとクローディアスの結婚も、国家の安寧とハムレットの身の安全を考えての偽装的なものであるとガートルードが当初ハムレットに説得していたことが、ガートルードの居間での二人の対峙の場で明らかにされる。結婚の約束事としてハムレットの安全と、将来の世継ぎをクローディアスに誓わせていたと言うのである。

ところが、ウイッテンベルグの大学から戻ってみると、母ガートルードの結婚は偽装というより嬉々としたものであり、予想と期待を裏切られたハムレットは人間不信から憂鬱の病に沈む。

この劇では亡霊の直接登場はない。

衛兵のマーセラスやホレイショーの前にも現われることなく、ハムレットの前にも直接的には現われない。

しかし、デンマークの城中ではそのことがまことしやかに噂となって流れていて、軍部の下級兵士たちの間ではひそかな反クローディアスの動きがあることが語られる。

原作には全くない挿話として、ハムレットの佯狂に疑念を抱くガートルードが、ホレイショーを自分の居間に呼びつけ、ハムレットの真意を探ろうとする場面はこれまでに見たことがないガートルードの側面を描き出しており、新解釈として見ても面白いものであった。

クローディアスの反応を探るための劇中劇についても興味深いのは、まず旅役者たちの登場である。

彼らは偶然にやってきたのではなく、ハムレットの意を受けて呼び出されてきたのである。

劇中劇は影絵劇として演じられ、クローディアスがその劇の内容に動揺して席を立った後、ハムレットはその場に残っていた宮廷の諸人を前にして、クローディアスの陰謀を暴く大演説をぶつ。

その台詞は我々観客席に向かって激しく語られるのだが、当然のことながらその反応は起こらない。

ハムレットのこの演説は、クローディアスによってハムレットの狂気の為せることであったと取り繕われる。

ハムレットがイングランドに送られる途中海賊船に襲われ、デンマークに戻ってきた時、クローディアスのイングランド王にあてた親書の写しを手にしており、クローディアスの陰謀を明るみに出すためにその親書を公にするという手段もあったが、ハムレットはそれをせず、レアティーズとの試合に臨むことにする。

先王ハムレットの亡霊は現れないが、かわりにポローニアスとオフィーリアの亡霊が登場する。

ポローニアスはガートルードの居間でハムレットに殺されるが、ハムレットが布に包んだ彼の遺骸を引きずっていくところを、死んだはずのポローニアスが無言で立ったままそれを見送る。この場面は意表を突かれる感じであった。

オフィーリアの亡霊は、ハムレットがレアティーズとの騒動を起こした後、一人残って埋葬された彼女を嘆いている時、客席内にある台座から舞台にいるハムレットに向かって語りかける。

先王ハムレットの亡霊は可視化されて現れることはなく、反対に原作にはないポローニアスとオフィーリアの亡霊が可視化してハムレットの前に現れる。このことはポローニアスの死とオフィーリアの死がハムレットにとって目の前に存在する現実であり、父ハムレットの死は事実ではあってもハムレットにとっては現前の事実ではなかった、そしてその死の原因に憶測が伴うものであることにも解釈がつながってくる。

オフィーリアにいついては、台詞は一切語られることなく、声なきコロスの存在としての6人の影のオフィーリアが登場するのもこの劇の特徴である。

オフィーリアはポローニアスの死後錯乱し、舌を噛まぬ様に口輪を噛まされ、両腕を後ろ手に縛られて、ガートルードの前でハムレットの子供を宿していることを口走る。この場面はケネス・ブラナーの映画の『ハムレット』を思い出させる。

オフィーリアの水死は、彼女の母親と同じ死に方であることがガートルードによって語られる。

このように原作にはない挿話が随所で演じられことによって、この物語がミステリー的に展開される効果を上げており、エンターテインメントとしての面白さとなっている。

ハムレットには、2年前に劇団東演でベリャーコヴィッチ演出による『ハムレット』でハムレットを演じた南保大樹がスケールの大きさと細やかさを併せ持つ演技で好演。新しいハムレットを感じさせた。

クローディアスには劇三文化座の米山実、ポローニアスに劇団昴の関時男、ホレイショーに劇団大樹の川野誠一などの客演と、ガートルードは劇団キンダ―スペースの瀬田ひろ美が好演。

上演時間は休憩なしで2時間30分。

【感激度】 ★★★★★

 

(構成・脚本・演出、美術/原田一樹、1月25日(金)昼、両国のシアターX、全席自由席で、最前列中央部で観劇。チケット:4000円)

 

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