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  荒井良雄主宰・ヴィオロン文芸朗読会
       オーソン・ウェルズと円道一弥のシャイロック        
No. 2012-018

 台風一過のさわやかな秋晴れの夕べ、阿佐谷の名曲喫茶ヴィオロンでヴィオロン文芸朗読会「オースン・ウェルズと円道一弥のシャイロック」を楽しんだ。
 この朗読会は、今回賛助出演した瀬沼達也氏の紹介により初めて知ったものであるが、当日配布されたチラシには、ヴィオロン文芸朗読会は1990年創始となっているので、20年以上続いていることになる。
 今回の企画は、シェイクスピア学者でもある荒井良雄先生によるもので、オースン・ウェルズとマーキュリーシアターによる『ヴェニスの商人』を1930年代制作のSPレコードで、シャイロックが登場する1幕3場のバッサーニオがシャイロックに3000ダカットの借金を頼む場面と、4幕の法廷の場面をノーカットで聞いた後、荒井先生による朗読台本で、円道一弥がシャイロックを朗読(というより演技そのものと言ってもよい)し、ポーシャを女優の北村青子、公爵とその他の登場人物を坪内逍遥訳で朗読し、最後に英語で、瀬沼達也のシャイロック、公爵その他を荒井先生によって法廷の場の朗読劇が演じられるというオムニバス形式で、1時間50分、休憩なしで行われた。
 オースン・ウェルズのSPレコードは市販されたかどうかもはっきりしないそうであるが、これを入手されたのは奇跡にも近い幸運としか言いようがない。そのレコードを入手された店主の寺本健治氏が、ハンドルを回してSPレコードを演奏されたが、その音のクリアなことと、柔らかな音感が何とも言えず、うっとりと聞きほれた。
 下準備のつもりで前夜アル・パチーノのシャイロックのDVDを観ていたので、オースン・ウェルズの台詞が鮮明に聞きとることができただけでなく、比較の意味でも興味深く聞いた。
SPで聞いた同じ場面を円道一弥がシャイロックを朗読劇で演じたが、ほとんど独り芝居に近く、濃密で、シェイクスピアは台詞劇だということを堪能させてくれるものであった。
 瀬沼達也と荒井先生による英語による朗読劇も、原書でシェイクスピアを学ぶ自分にとっては、このような形でシェイクスピアを体感することができることは、いつも感じることであるが、至福なことであった。
瀬沼達也のシャイロックにも、台詞力と、朗読を超えた表情と所作に見とれた(聞きほれた)。
 この企画のテーマとして、箱選びに見られる見かけと本質(実態)の問題、シャイロックが親切めかして無利子で、3000ダカットを貸す本音と建前の問題の追及と、ポーシャに言わしめる最後の台詞、ヴェニスは平和に戻った、同様に世界もかくあらんことをという願い(英語の朗読劇の最後にも、荒井先生による英語で同じ内容が語られる)が語られるが、今の世相を鑑みて、印象深く心に残った。
 荒井先生は、2016年のシェイクスピア没後400年に向けて、これまでにも様々な企画を実践されているが、書斎の中ではない行動するシェイクスピア学者として大いに活動されている。
 古希を過ぎた先生の声が、歳を感じさせないほど力強く朗々としていることにあらためて感心しただけでなく、シェイクスピアを学ぶことは、台詞を声に出して読むことが大切であることを思い知らされた。
 荒井先生の最後の挨拶の言葉にもあったが、朗読劇というのは広いホールなどより、本来はこのような場所で行うのが本当であるというのを実感として感じた(定員20名という限定がもったいないような気がするが)。


朗読台本/荒井良雄、10月1日(月)夜、阿佐谷の名曲喫茶ヴィオロンにて

 

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