高木登 観劇日記2012年 トップページへ
 
  『ハムレットX シブヤ』      No. 2012-009
 

Theater Company カクシンハン 旗揚げ公演 ― ヒカリよ、俺たちの復讐は穢れたか ―

ハムレットの解体というより、分裂したハムレットというべきだろうか。

シブヤとアキハバラに分裂したハムレットである。

実体として登場するのは、シブヤとアキハバラ、風俗嬢、母親、その他はコーラスとしてのオフィーリアや父の亡霊であり、彼らは影としての存在である。

だが、実は群衆としてのコーラスのみが実体であり、シブヤもアキハバラも幻影であるかも知れない。

コーラスはギリシア悲劇のコロスのような存在の語り部である。

この劇では、シェイクスピアの『ハムレット』は解体され、分解され、順序も入れ替わり、台詞も反転する。

この劇を単純に要約すれば、4年前(2008年)の6月8日に起きた「秋葉原通り魔事件」を素材にしたものである。加害者の男性をアキハバラと呼び、7人の死亡者の中の女性被害者の恋人であった仮想の男性をシブヤと呼称して、その二人をハムレットにし、亡くなった女性をオフィーリアに見たて、その三人をモチーフに物語を展開させるものである。

この事件については、劇の冒頭部分、群衆の喧騒のなかで、シブヤが繰り返す6月8日という日付によって予兆される。

分裂したハムレットであるアキハバラとシブヤは影を失くしている。

二人に影がないのは、ヒカリを失ったからである。

アキハバラはヒカリである父を失い、シブヤは通り魔事件でヒカリである恋人を失った。

アキハバラのハムレットの父親は実の父親だが、母親が継母であり、アキハバラと父はその母親から疎外された存在である。父はその満たされぬ心を風俗嬢に求め、そこで自殺したのだった。

その風俗嬢がいる場所は、渋谷の道玄坂にあるラブホテル「エルシノア」で、アキハバラの父がいつも指名していたのはオフィーリアという名前の風俗嬢であった。

父は、満たされぬ気持をオフィーリアに手をきつく縛ってもらい、そのマゾヒズムな行為の最中に自殺を図って死ぬ。それ以後、「エルシノア」には亡霊が出るという噂が起こるようになり、アキハバラは噂を頼りに「エルシノア」を訪れ、そこで父の亡霊に出会い、風俗嬢のオフィーリアに、ここで起こったことは他言しないことを誓わせ、オフィーリアの乳房を触ることによって、アキハバラは満たされぬ気持が癒され、事件の実行を決意する勇気を得る。

一方、シブヤは恋人を殺されたショックで記憶を失っていく。彼は自分の名前を忘れ、恋人の名前も忘れてしまい、秋葉原の事件の犯人は自分であると警察に自首して出頭する。しかし実の犯人はすでに明らかになっており、彼は追い帰される。その時に何度も彼に向って言われる台詞が、「病院に行け」である。

死んだ恋人の名前がヒカリであったことを思い出すとき、シブヤは影を取り戻す。

影は、光がなければ存在しないのだ。シブヤが恋人の名前を忘れている間、光はなく、従って影はないのだった。

このようなドラマが、10数名の俳優によって狭い空間の中で、猥雑に、混沌として、しかも刺激的に演じられる。

一人一人の演技にではなく、全体像として楽しむことができる舞台であった。

劇団名からして「カクシンハン」という意味深長な(?)名前、それに、ハムレットをシブヤとアキハバラに分裂させる発想が奇想的で、何かをしでかしそうなものを感じさせる劇団の旗揚げ公演であった。

 

上演時間は休憩なしで、1時間40分。

 

(脚本・演出/木村龍之介、4月28日(土)昼の部、渋谷のGallery LE DECOにて立見席で観劇)

 

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