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  柿喰う客・女体シェイクスピア No.2 『絶頂マクベス』          No. 2012-007

 劇団の名前が人を食ったようなところと、女優だけによるシェイクスピア劇という興味で強い期待を抱いていた。
 今年からシェイクスピア劇の老舗であるシェイクスピア・シアターが女優だけによるシェイクスピア劇を企画していて、それを大いに楽しみにしているのだが、その魁としての興味があった。
 劇場に早めに着き、プログラムの見本を見たとき、今回の劇の全貌が見えたような気がした。
 前ページがキャバクラ嬢のメイクの劇団女優のアップで埋まっている。内容も乏しそうで、一部千円と高価なこともあって買うのは遠慮した。
 舞台は、プログラムを見て予想したような展開であった。
 最初に登場する三人の魔女は、メイクも衣装もキャバクラ嬢のような恰好(といっても、一度もキャバクラに足を入れたことがないので、この表現が正しいのかどうか分からないが、イメージとしてそう感じた)で、その魔女たちが舞台を通して一番印象が強かった。
 マクベスがダンカンを殺すのをためらっているとき、空中に短剣が浮かぶ幻を見る場面があるが、その短剣は魔女が手に持っていて、それを渡されるようにしてマクベスが受け取る。この魔女の使い方が面白いと思った。
 登場人物の台詞は一様に「ため口」が使われ、今風と言えば今風なのであろうが、ついて行き難いものを感じた。特に、ダンカンのマクベスに対する台詞や、フリーアンスが父親のバンクオーに向かって言う台詞には違和感を覚えた。
 マクベス夫人の衣装は、メイド服姿。彼女の台詞回しもシェイクスピアが聞いたら、びっくり仰天するだろう。
 この劇の主人公であるはずのマクベスの影が薄い。これは演出者の意図的なもので、マクベスを野心や欲望に燃える男ではなく、劣等感や不満足感に打ちひしがれた男として描こうとしたからであろう。
 全体的に、余りにも自分の趣味から離れているだけでなく、台詞や音楽のノイズで頭が痛くなり、終わった後も耳の奥がガンガン鳴り響いていた。
 そうであるからと言ってこの舞台を全面否定する気にもなれない。
 自分の趣味、好みからは離れているが、何かを感じさせるものが残っていて、気にはなる作品であった。
 シェイクスピアってなんでもアリだな、懐が深いなと思うのだった。
 次回の「女体シェイクスピア」は、『発情ジュリアス・シーザー』(2013年3月予定)。
 タイトルを見ると、『絶頂マクベス』もセクシーでセンセーショナルなものを感じるが、この演出家の趣向であろうか。
 上映時間は、休憩なしで90分。

 

脚色・演出/中屋敷法仁
4月17日(火)14時開演、吉祥寺シアター、座席:B列11番

 

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