高木登 観劇日記2012年 トップページへ
 
  第2回YSG座長一人十色朗読劇 A Midsummer Night’s Dream      No. 2012-004
 

〜第9回神奈川演劇博覧会参加作品〜

□瀬沼達也氏にあてて

400年の時空を超えて、シェイクスピアが神奈川演劇博覧会参加のために、新作を携えてはるばるとロンドンから、横浜にやってきた。

第1回朗読劇、Romeo and Julietでは一人16役をこなし大好評を得て、今回の新作A Midsummer Night’s Dreamでは、21役をシェイクスピア自らが挑戦するという趣向である。

しかも、演劇博覧会のルールでは上演時間が60分以内ということで、2時間を少し超えるこの作品をいかにまとめるかということもシェイクスピアの腕の見せ所となっている。

今回の上演は、YSG(横浜シェイクスピア・グループ)座長の瀬沼達也氏がシェイクスピアにはまって39年の歳月を経ての、心新たな挑戦でもある。

私もシェイクスピアを原書で本格的に読み始めてから、20年近く経つ。

そしてこの頃つくづく思うことは、原書を読む楽しみは、声を出して読むところにあるということに、やっと体で感じるようになったことである。

一字一句語句の意味を確認しながら目で読む方法も悪くはないが、シェイクスピアの作品は言うまでもなく、上演するためのものであり、声に出したものを聞くものである。

もう40年近く前になるが、ロンドンのペンションで一緒になった演出家(志望?)がシェイクスピアの台詞は自然に所作を伴うようにできている、というようなことを話してくれたことがあるが、今回そのことを改めて強く感じた。

瀬沼氏の一人十色朗読劇は、まさにそのことを証明してくれている。

氏の朗読は、単なる朗読ではなく、台詞に乗って自然に所作が伴っているのである。

聞いている方も、その所作に引き込まれていくように台詞に聞き惚れるのである。

読むことにも解釈を伴うが、朗読も演出と同じように、原文の解釈を通過することによって、一つ一つの台詞が発せられることを感じる。

これまでにも瀬沼氏のシェイクスピアへの挑戦をさまざまな形で見させてもらったが、シェイクスピアへの気持に対しては同志という気持を抱いている。

氏の活躍を通して刺激を得、シェイクスピアの新たな発見の契機をもらえるということで、ありがたい存在だと思っている。

今回の上演では、シェイクスピアが横浜にやってきて、自らが新作を発表するという趣向の奇抜な面白さと、1時間という限定された時間で、英語での朗読と、日本語でのストーリー展開の説明をうまく組み合わせ、あわせて福島大地氏のオリジナル曲とメンデルスゾーンの曲を使っての音楽効果で、原作のエッセンスを十分に堪能させてもらうことができた。

21もの役を演じる中で今回特に印象に残った役は、シスビーを演じるフルートの声色であった。

<3月20日(火)、神奈川県立青少年センター・多目的プラザにて観劇>

 

瀬沼達也氏からの往復書簡

本日は、ご病状のよくないときであるにもかかわらず、小生の朗読劇をご観(聴)劇いただき誠にありがとうございました。その上、早速にご観劇日記をご執筆、ご送信いただきこころより感謝いたします。その中で身に余るお言葉を頂戴し恐縮しております。今までも高木様のご観劇日記でどれだけ励まされ次の舞台にチャレンジする際の原動力となったか分かりません。その意味で高木様は同志であると同時に恩人でもあります。

シェイクスピアが1595年のロンドンから2012年の横浜にやってきて、自らが新作を発表する、しかも言葉の天才の彼が短期間で日本語をマスターしている、という枠組みを考えました。その理由は二つありました。一つは、原語朗読劇をおこなう際に観客が感じる不自然さを減らすためです。もう一つは、朗読劇冒頭で小生が扮するシェイクスピアが登場し、A Midsummer Night’s Dreamの初めから46行目までの台詞を朗唱することが自然と観客に受け入れていただくためでした。そして後者にも理由があります。それは、今回の朗読劇が演劇博覧会参加作品のため初めてシェイクスピア劇を原語で観(聴)劇する方が多くいらっしゃることが予想されましたので、第一印象が大切だと考えたからです。衣裳だけの助けでは瀬沼がシェイクスピアに見え難いので、シェイクスピア風(?)の英語発音で台詞を流暢に朗唱することで、シェイクスピアの朗読劇の世界に入っていただけるのではないかと思ったからでした。

実は公演直前までそのような枠組みを採るつもりはありませんでした。シェイクスピア劇の原文台詞の音の美しさと多様性の魅力を伝えることを目標に設定していたからです。ですから、その準備期間はもっぱら台詞朗唱の稽古に時間を割いていました。しかし、朗読会ではなく、朗読劇である以上、演劇的要素を加えなければ看板に偽りあり、となってしまいますから、「夏の夜の夢」のストーリーをしっかり伝える義務があると考え、日本語による「あらすじ」を入れた訳です。本来であれば、ナレーター専任者が別にいてその人が語ってくれれば、小生はシェイクスピアだけを演じていればよかったのですが、一人ではそれができなかったために言葉の天才の彼が短期間で日本語をマスターしているという設定にしたのです。それも公演前日のことで、驚いたことに、自分で驚いてどうするのかと思うのですが、公演当日に原稿を書き、劇場楽屋でICレコーダーに吹き込んだのです。その二種類の録音を公演の初めで「新作発表会」の司会者の声として再生したのでした。それは最後の最後までより質の高い舞台を目ざすための努力でした。

直前リハーサルでその箇所は、音楽・音響担当の福島大地氏との呼吸が上手く合ったのですが、本番では2番目「シェイクスピアの日本語マスター」の録音再生が、僕が台詞朗(暗)唱で数行飛ばしてしまったため台詞キューが過ぎてしまい、思うような効果が出ない結果となってしまいました。これはナマの芝居の怖さでもあります。

「火事場の馬鹿力」の格言どおり、人間の可能性は未知であることを実感しています。時間、空間、環境設備等々の制約があればあるだけ創意工夫をする創造性が生まれます。今回最も苦労したのは、上演時間でした、公演当日のリハーサルのときに80分もかかりました。そのためブッツケ本番で台詞を追加カットし、音楽・音響と台詞朗読のキューを箇所によっては無視して朗読を再開しました。音量チェックを行う時間もなかったので、箇所によっては、観客に聞き難い朗読があったと思いますので、お詫びしたいと思います。それでも結果として10分短くすることができ、上演時間が70分で終了することができました。シェイクスピア劇の場合、一番短い戯曲の『間違いの喜劇』が1786行もあり、比較的短い方である『夏の夜の夢』でも2165行もあるため、約1時間で上演するのは困難です。シェイクスピアにより完成されたその戯曲の台詞を半分以上カットしなければならないからです。身を切られる思いで、文字どおり台詞を切りました。

長々と言い訳めいた駄文を書き連ねてしまいすみませんでした。昨日は演劇博覧会最終日であったため舞台バラシ、後片付け、搬出作業があった後、打ち上げが開かれたため、帰宅が遅くなりこのお礼メールが本日になりましたことをお詫び申しあげます。(2012.03.21)

YSG座長瀬沼達也

 

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