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2012年の「シェイクスピア劇回顧」と「私が選んだベスト5」

 今年観たシェイクスピア劇(翻案劇含む)は、国内だけでは海外からの来日公演も含んで27本、ロンドンで観たのが3本であった。
 今年もシェイクスピアを専門とする劇団の活躍などを中心にバラエティに富む演目があったが、全体的には核となる演目に乏しかった気がする。それでも正統的なシェイクスピア劇と異質的なシェイクスピア劇それぞれに興味のある公演があった。
 少し気になったのは、出口典雄のシェイクスピア・シアター。チラシの宣伝に「最後の演出となる」という枕詞がついていて、この劇団も幕を閉じる時期が近づいているのかと、少しさびしい気がした。特に専属の劇団員が今では3人ほどに減っており、今年の公演は文学座の座員他の外部からの出演者が中心であった。しかし、出口典雄のチャレンジ精神は衰えることなく、今年2回の公演では、それぞれ2本のうち1本を女優だけによるシェイクスピア劇を加え、まだまだ我々を楽しませてくれた。

●異質的なシェイクスピア劇

1. 柿喰う客による「女体シェイクスピア『マクベス』」(脚色・演出/中屋敷法仁)
劣等感と不満足感で存在感の薄いマクベス。台詞も音楽も自分にとってはノイズでしかなかった。
   
2. 木村龍之介脚色・演出のシアター・カンパニー「カクシンハン」旗揚げ公演『ハムレットXシブヤ』
(4月)と『海辺のロミオ&ジュリエット』(9月)。
第一作の『ハムレットXシブヤ』は「秋葉原通り魔事件」、第二作の『海辺のロミオ&ジュリエット』は「地下鉄サリン事件」をモチーフにしている異色の作品。
   
3. 江戸あやつり人形結城座公演『夏の夜の夢』(構成・演出/加藤直)
1994年の『テンペスト』以来、18年ぶりのシェイクスピア劇。自分が観た1993年公演の『リチャード三世』以来なので、懐かしかった。
   
 そのほか、都合がつかず見ることができなかった作品に、ゴールデンウィークには、D-BOYSによる男優だけによる『ヴェニスの商人』(松岡和子訳、青木豪演出)、9月には翻案物で、落語家の立川志らく脚本・演出による『ヴェニスの商人~火焔太鼓の真実~』が、下町ダニーローズによって上演。なお、この上演は2007年に初演されたものの再演だというkとであるが、キャッチコピーによれば、SFヤクザファンタジーということで、見逃したのは残念である。

●私の選んだ2012年のベスト5

1. さいたまネクスト・シアター第3回公演 『蒼白の少年少女によるハムレット』
(河合祥一郎訳、蜷川幸雄演出)
特別出演のこまどり姉妹の登場場面が衝撃的で、感動で胸が震えた。
   
2. 彩の国シェイクスピア・シリーズ 『シンベリン』(松岡和子訳、蜷川幸雄演出)
中越司の美術に「特別賞」。ローマのフィラーリオ邸の部屋の背景に、源氏物語絵巻の「雨夜の品定め」が効果的。
   
3. 楽塾創立15周年記念公演 楽塾☆歌舞伎『十二夜』(台本・演出/流山児祥)
ジェットコースター・ミュージカル。オリジナルソングとダンスで「世界のどこにもない」シェイクスピア劇。一人の男優を除き、平均年齢が60歳に近い女性陣だけによる舞台。とにかく楽しいの一言に尽きる。
   
4. 信仰立劇場15周年記念公演、鵜山仁X岡本健一の『リチャード三世』(小田島雄志訳、鵜山仁演出)
鵜山仁演出の『ヘンリー六世』三部作の続編。岡本健一に新しいリチャード三世誕生を感じた。ヴァイスと道化としての悪役を見事に演じていた。
   
5. 東京シェイクスピア・カンパニー公演 『長い長い夢のあとにーヘンリー五世の青春-』
(脚本・演出/江戸馨)
『ヘンリー四世』二部作に登場するハル王子としてのヘンリー五世を描く。田山楽のハル王子、かなやたけゆきのフォルスタッフをはじめ、つかさまり、川久保州子など女優陣の演技がさわやかで楽しい。
   

●海外公演と英国での観劇ベスト5

<英国観劇ツアーでの観劇から>

1. オールメイル・キャストによる『十二夜』
(ティム・キャロル演出、マーク・ライランス主演、ロンドンのアポロ劇場)
日本国内、海外で観た公演の中で、今年最高と思える公演であった。
   
2. ニコラス・ハイトナー演出 『アテネのタイモン』(サイモン・ラッセル・ビール主演、ロンドンのナショナルシアター・オリヴィア劇場)
原作を読んでもそれほど面白いと思わなかったが、時代を現代に設定し、アテネの経済破綻とリーマンショックによる金融危機とを複合化した演出で、この作品を身近に感じることができた。
   
3. マイケル・アッテンボロー演出 『リア王』(ロンドンのアルメイダ劇場)
これまでに観てきた『リア王』の中では平均点以上だが、それ以上のものではなかった。リーガンを演じた黒人の女優は演技に魅力がなく、違和感が強かった。道化がゴネリル、リーガンの会話を立ち聞きしてスパイの働きをしている様子を感じさせるところに興味があり、その点を評価。

<海外からの来日公演>

4. オックスフォード大学演劇協会(OUDS)来日公演 『から騒ぎ』(マックス・ギル演出)
舞台をマフィアの世界に設定。演技力、表現力もレベルが高く、十分に楽しませてくれた。
   
5. インターナショナル・シアター・・ロンドン(ITCL))来日公演 
『マクベス』(ポール・ステビングス演出)
少人数(6人)で演じ、いつもその役の早変わりを楽しませてくれるが、今回特に演出面で目立ったのは、ダンカンを目が見えない人物として設定していたことだった。
   
   
●シェイクスピア翻案劇としての特別賞
1. 東京シェイクスピア・カンパニー公演 『無限遠点』(奥泉光作、江戸馨演出)
「鏡の向こうのシェイクスピア・シリーズ」の4年ぶりの新作。ロミオとジュリエットのその後。歴史には「もしも」はないが、ここではその「もしも」の仮定から物語が展開する、ミステリー的な面白さがある。
2. シアター・カンパニー・カクシンハン旗揚げ公演 『ハムレットXシブヤ』(木村龍之介脚本・演出)
2008年6月8日に起きた「秋葉原通り魔事件」を素材に、ハムレットをアキハバラとシブヤに分裂した存在として創造する。これまでにもハムレットの解体劇はあるが、分裂劇は発想がユニークで斬新。若さの意欲を感じた作品であった。
3. 横浜シェイクスピア・グループ(YSG)第9回公演 
『Henry Ⅷ/こちらヘンパチ研究室』(佐藤正弥演出)
国内でほとんど上演されることがない『ヘンリー八世』を、抜粋ながら原語(英語)による上演を堪能させてくれた。王妃キャサリンを演じた小嶋しのぶの迫真的演技が際立っていた。
   
●観たいと思ったが観ることができなかった特筆すべき公演
1. 伝説のロック・オペラ・ミュージカル 『ハムレット』(2月)
脚本・作曲・作詞/ヤネック・レデッキー、演出/栗山民也
出演/井上芳雄(ハムレット)、昆夏美(オフィーリア)、ソンハ(ホレイショー)、村井国夫(クローディアス)、他
栗山民也Xミュージカル版シェイクスピアという点で興味があったが、チケットの確保を失念。
2. シュツットガルト・バレエ団 『じゃじゃ馬馴らし』(6月)
振付/ジョン・クランコ、音楽/ドメニコ・ハインツ・シュトルツェ、装置・衣装/エリザベス・ダルトン
演奏/東京シティ・フィルハーモニー管弦楽団
3. インターナショナル・シアター・ロンドン来日公演 『リア王』(11月)
脚色・演出/ポール・ステッピングズ
英国観劇ツアーと重なったため観ることができなかった。
4. SPAC新作 『ロミオとジュリエット』(11月、12月)
構成・演出/オマール・ポラス
ビクトル・ユゴーの仏訳版シェイクスピアということで関心があったが、日程の都合がつかなかった。

 

 
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