横浜シェイクスピア・グループ(YSG)が旗揚げして10周年を迎え、その記念公演として2002年にオムニバス形式で上演した『リア王』や『冬物語』などの中で、特に思い入れの深い『冬物語』でその節目を飾ることになった。
上演後、小池智也君の司会進行役でアフタートークがあり、10年前の『冬物語』との比較、思い出など興味深い話を聞くことができたのも収穫であった。
パーフォーマ ンスそのものは1時間20分足らずとコンパクトに凝縮されているが、そのエッセンスは十分に盛り込まれていて演出にもその工夫と創意を感じることができた。
YSGはもともとシェイクスピアを原語で演じるグループであるが、今回の演出では、ストーリのつなぎになるような部分の要所々々を日本語(松岡和子訳)で朗読し、全体の筋がつかめるような工夫がされている。
『冬物語』のハイライトはなんといっても1幕2場のレオンティーズの突然の嫉妬であるが、この劇の成否は一重にここにかかっているといっても過言ではないだろう。
結論から言ってしまえば、瀬沼達也氏演じるレオンティーズは成功した例だと思う。
演出の工夫もあるのだが、それはさておいても、瀬沼氏の台詞力と演技力によってレオンティーズの嫉妬心に納得を感じさせる力があった。
瀬沼氏の台詞の迫真力が時として感極まった形で言葉が途切れプロンプターの援助が入るのだが、台詞の途切れが却ってレオンティーズの感情の高まり、激情を伝える効果があった。
演出上の工夫についてはアフタートークで明らかにされたのだが、マミリアスがミニカーをもって遊んでいるシーンがある。そのミニカーは、父親のプレゼントとポリクシニーズのお土産の二つがあり、ポリクシニーズのミニカーの方が大きくてマミリアスはそちらの方で遊んでいる。レオンティーズからすれば、自分のミニカーはどうした?ということになり、それが嫉妬の一つのきっかけ、仕掛けともなっているということであった。
この演出の工夫は種明かしがなければ気がつかないものであるが、その工夫に頼らずとも、ポリクシニーズとハーマイオニの所作、レオンティーズを演じる瀬沼氏が二人を見ているその表情の変化に、言葉以前の心の動きを感じることができる。
はじめに書いておくべきことであったが、今回は場所が横浜山の手のエリスマン亭ホールで、円形舞台の形式をとっていて観客は舞台を囲む形となっている(舞台といっても何もない平土間である)。
私の座っている席からは、全面ガラス張りの窓を通して屋外のテラスが見え、1幕1場のカミローとアーキディマスの会話の場面(日本語による)では、そのテラスでレオンティーズ、ハーマイオニ、ポリクシニーズ、マミリアスが写真を撮ったり撮られたり、睦まじく過ごしているのが見える。
レオンティーズがカミローにポリクシニーズの殺害を命じて退場する時、そのテラスを通路にして通るが、レオンティーズはポリクシニーズと出会っても顔をそむけて不機嫌な顔をして通り過ぎてしまうという場面を見せてくれる(この場面はテラスを背面にしている席ではまったく見えない)。これなどは後のポリクシニーズの台詞を視覚化して見せてくれるもので、エリスマン亭の場所をうまく活用して成功している。
演出の工夫の面白さとしては、第4幕1場の口上役「時」の扱いがある。
出演者全員(8名)が頭にシェイクスピアの肖像画をつけた紙製の鉢巻き(バンド)を頭につけて、ひとりひとりが交互に前後を向いて、「時」の台詞を語るという趣向である。これなども新しい工夫として新鮮な感じがした。
今一つの山場であるハーマイオニの塑像が動き出す瞬間の感動の場面―これまでに観てきた『冬物語』でもこの場面で結構泣かされることはあったが、今回もこの場面では眼頭が熱くなった。
今回感じたのは、ハーマイオニの清楚な動きからくる感動だけではなく、実は周りの空気、特にレオンティーズの所作がその感動を呼び起こすものだと気づいた。
これらの二つの山場で感動を伝えることができれば、この劇は成功したも同然だと思う。
全体的に途中の場面や台詞を大幅にカットした舞台であるが、4幕4場の毛刈り祭りの場面は、音楽と踊りだけで台詞はなく、ポリクシニーズがフロリゼルから弾劾され、見捨てられるところは黙劇として処理されている。この音楽と踊りにも演出者佐藤正弥のこだわり(韓国の人気グループからとったものだという)があって、なかなか面白いものがあった。
劇としても大変楽しませてもらったが、アフタートークでも興味ある話を聴けたのは有意義であった。
当日、10年前のオムニバス形式の『冬物語』でレオンティーズを演じた増留俊樹氏や、ポーライナを演じた池上さんも観に来ておられ、その思い出と合わせて話が盛り上げられた。
ハーマイオニを演じた小嶋しのぶさんは前回も同じ役であったということで、今回は役へのこだわりもあって、演出者への注文もかなりあったということである。
瀬沼氏の娘さんである惠さんは、前回はまだ中学生でそのときはマミリアスを演じ、次はパーディタと思っていたそうであるが、メンバー構成の都合もあり、パーディタはダンス指導もされた広木絵美さんに譲って、今回はポーライナを演じたが、驚いたのは当時池上さんが演じたポーライナの台詞が頭に残っていて、自分としてはパーディタよりもポーライナの役の方があっていると思われたということだった。その惠さんが、お父さん譲りの台詞力で堂々とポーライナを演じられた。
カミローを演じた細貝康太君も知ってから何年か経つが、台詞にも貫禄がついてきたようで、これからも活躍を期待したいと思った。
ポリクシニーズは演出者である佐藤正弥氏が演じ、台詞のないフロリゼルは、斉藤佳太郎君が演じた。
「目できく 耳で読む」という言葉は『夏の夜の夢』のアテネの職人ボトムで効いたような台詞であるが、演出者の佐藤正弥のこだわりのひとつに、タイトルを平仮名にしているところにも表れている。
最後になるが、大病を患われた瀬沼氏に贈る言葉として、この10周年の記念後は次の5年、10年というより、これからの一年一年、一作一作を大事にしていただき、結果的にそれが15周年、20周年となることを祈願してやまない。それがシェイクスピアの作品を共に愛する仲間としての私からの言葉。
演出/佐藤正弥
3月5日(土)昼、横浜山の手エリスマン亭ホール
|