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  関東学院大学シェイクスピア英語劇 『ヴェローナの二紳士』      No.2010-022
 

毎年年末の楽しみにしている関東学院大学シェイクスピア英語劇は、いつもだと横浜みなとみらいの神奈川県民共済みらいホールで観劇させてもらっているのですが、今年はその時期に本橋哲也先生主催の英国観劇ツアーに参加しているため観ることができないのを残念に思っていたところ、学内公演の案内をいただいて今年も観る機会を得られたことを喜んでいます。

学内内公演ということで、よそいきでない、普段着のようなもの、素のままの舞台を期待していました。

みらいホールでの公演と異なり、舞台美術なしで、まさに素のままの舞台でした。

舞台中央の背景(ホリゾント)は二間四方ほどの白の矩形が両側の黒の背景にくっきりと仕切られ、舞台は三十センチほどの高さで前面に張り出された張り出し舞台形式で、両袖は役者の出入りのための仕切り板が衝立として並べられている、それだけの舞台装置でした。

今回の第59回公演は、日本ではほとんど上演機会のない『ヴェローナの二紳士』に初挑戦ということもあって、その楽しみと期待感もありました。

その理由の一つに、なぜこの戯曲を選んだのかという素朴な質問もありました。

見終わった後に感じさせられたことの一つですが、この二人の若者、あるいは二組のカップルのありようが、現代の若者の側面を照らし出しているのではないかという形で答えてくれました。

いとも簡単に自分の恋人を捨て、親友であるヴァレンタインの恋人に横恋慕し親友を裏切るプローテュース、その裏切ったプローテュースを一旦は裏切り者として責めるが、彼が改悛すると簡単に許してしまうだけでなく、自分の恋人であるシルヴィアまで譲ってしまうというヴァレンタインのノーテンキぶりに信じがたいプロットを感じるのですが、学生たちの演技を観ているとなんとなくそんなものかと妙に納得させられるものがありました。

全体的な感想から述べますと、まだ台詞がなんとなく固くて聞き取りにくいところがあり、台詞と所作のマッチングも今一つの感じがしました。

台詞を聞き取ろうと神経を集中しすぎてかえって眠気を催し、前半はそのため結構期待の場面を見落としてしまいましたが、後半部は固さもほぐれて来たのか、あるいは聴いている自分が慣れてきたのか、集中して聴くことができました。

気になったのは照明です。スポットライトの当たり方が不自然で、台詞を語っている登場人物の顔が影になってしまったりしていて気になりました。

毎年観ていると楽しみなのは、キャスティングで前年度活躍した学生さんが頑張っている姿を観ることです。

前半部と後半部で物語のあらすじを紹介するコーラス役を務める道化のラーンスをフルヤマ・カズキ君が演じましたが、彼は昨年『十二夜』でサー・トービー・ベルチを演じており、もう一方の道化役スピードは昨年セヴァスチャンを演じたクスモト・トシキ君でした。

この二人の道化役が舞台を明るく盛り上げてくれました。

昨年のプログラムと今年のプログラムを見較べていますと、例年のように大半が同じ顔ぶれとなっていてそれを見ては今年も頑張っているなあと自分のことのように嬉しくなります。

シェイクスピアのもっとも初期の喜劇であるというだけに、後の作品に見られる台詞が随所に散りばめられているごった煮なところがありますが、その雑多性を生かしたパワーのある上演をみらいホールでは発揮するのを陰ながら期待しています。

いつもながら、フィナーレで全員が歌う合唱と、お別れに全員が花びらのようにして元気いっぱいに手を振る姿に感動をもらいました。

 

(11月22日(月)、金沢八景キャンパス、SCC館ベンネットホールにて観劇)

 

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