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  レパートリーシアター風公演 『ハムレット』 No. 2010-001
 

今年は珍しく1月にシェイクスピア劇観劇の予定がなく、また公演情報もほとんどなかったが、自分のスケジュール外で、急遽、2004年に観劇したレパートリーシアター風公演の『ハムレット』を、初日の3日前に劇団に直接予約の電話を入れた。

たった一度しかこの劇団を観ていないのだが、ありがたいことにアンケートのおかげで毎回欠かさずに公演情報を送ってもらっている。

『ハムレット』は再演でもあり、6年前に観ているのでそれほど大きな期待もしていなかったのだが、これは観に行って大正解であった。

公演案内に、初演のウジェーヌ・イヨネスコ劇場の芸術監督ペトル・ヴトカレウとの共同製作を、2006年に風の芸術監督である浅野佳成が再構成したということもあって、その違いを見るためもあって、ほとんどしない自分の観劇日記を読み返してその準備もしたが、結果的にはいつも通り白紙の状態で観劇した。

平土間の舞台には、6枚のスチールパネル(に見えるが、動かした時にわかることだが、それはガラスのショーケースになっている)に、大きな白と黒のネクタイが交互に掛けられている。

最初の間、うかつにも僕はそれを幔幕の代わりのようなものに思っていた。

白と黒のネクタイであれば、当然のことながらそれは冠婚葬祭用であって、それが先王ハムレットの葬儀とガートルードとクローディアスの結婚式を表象するものであることに、時間がたって気付いたのだった。

このスチールパネルならぬショーケースが素早く左右に3つずつ末広がりに移動され、舞台は、このクローディアスの謁見の場から始まる。

(このショーケースは、時に人物のように、また時には心の惑乱を表わすかのようにあわただしい動きを示す)

白と黒のネクタイに代わって、パネルにはクローディアスのにこやかな笑顔の肖像画がそれぞれ貼り付けられている。

舞台中央奥の王座には、その肖像画にも劣らぬほどににこやかで上機嫌な顔をしたクローディアスと、満面媚を浮かべたガートルードが坐している。

ポローニアスの咳払いを合図に、クローディアスの先王ハムレットの追悼の辞とガートルードとの結婚が披露される。

謁見の場には、そのほかにはハムレットと廷臣たちがいるが、廷臣たちは黒いソフト帽に黒い衣装、そして顔にはナイロンストッキングをかぶっているので、その表情は一切見えない。無機質、無表情である。

ガートルード、クローディアス、ポローニアスの三人の衣装には、エリマキトカゲのような派手なエリザベスから―が付けられていて、それがそれぞれの人物の諧謔性を増幅する。

謁見の場が終わってハムレットは一人舞台に残って、第一の独白の場面となるが、そのとき、クローディアスの肖像画を一枚一枚破り捨てていく(前回は、子どもたちが肖像画に落書きをし、それを廷臣たちがあわてて止めようとするが、クローディアスは笑って見過ごす)。

基本的な骨格部分は初演と同じ構成だが、この開幕部分も含めて要所々々でかなり改変されている。

フォーティンブラスの登場や言及がないのは初演と同じだが、今回はギルデンスターンとローゼンクランツも登場しない。

まったく登場しないわけではないが、ナイロンストッキングをかぶって、無名の存在としてその役割を一部演じるだけである。

オフィーリアとハムレットの尼寺の場面と’to be or not to be’の場面は前回と同じく順序が入れ換わっている。そしてハムレットの独白が水槽を使ってなされるのも前回と同じ趣向である。

ハムレットは息が続くぎりぎりまで水槽に身を沈め、浮かび上がったところで、「このままでいいのか、いけないのか」という独白を続ける。

非常に緊張感のある場面である。

オフィーリアの狂気の場面では、土盛りをした箱に、白い十字架とろうそくの火、白い造花が刺し込まれているのを引いて登場してくるのも前回と同じだが、今回前回と違っているのは(記憶違いでなければ)、オフィーリアがクローディアスに声をかけられた時、彼に飛びついて、両足で挟み込んで抱きつくシーンがある。

この動作に驚くクローディアスには生々しいリアリティがあった。

この抱きつく所作は、レアティーズがフランスに旅立つ前、同じように飛びついて彼に抱きつく場面があるのは前回も今回も同じであった。

開幕の場面と同様に、終わりの場面も初演と少し異なっている。

前回は6つのガラスケースに、6人の子供(実際は大人が演じている)が胎児の姿になって、惨劇の場面を見つめている終わり方であったのが、今回は二人の人物(淡い色の衛生服と衛生帽をかぶった男女不定の中性的人物)が、見ている形に変わっている。

前回の記録にないので記憶が定かでないが、今回、この衛生服と衛生帽をかぶった中性的人物、半ば道化のようにも見えるこの人物が、ハムレットが一人でいる時、影のようにして登場してくるのも印象的であった。

登場人物を、ハムレット、ガートルード、クローディアス、ポローニアス、オフィーリア、レアティーズ、ホレーシオのみ名前のある人物として登場させ、そのほかは役者の登場は別にして、すべてコーラスの役目として、ナイロンストッキングで顔の表情を消した黒いソフト帽に黒い衣装の人物、あるいは衛生服と衛生帽をかぶった男女不定の中性的人物として登場させることで、凝縮されたこの物語の輪郭に鮮明な印象を持たせているように感じた。

初日のハムレット役は、僕が初演で見た時の緒方一則が演じていた。

ハムレット、オフィーリア、レアティーズは日替わりのダブルキャストで、初日のそれぞれの配役は、クローディアスが柳瀬太一、ガートルードは柴崎美納、ポローニアスは酒井宗親、オフィーリアに白根有子、ホレーシオに田中悟、レアティーズが西垣勇太であった。

当日、この劇の翻訳者でもある小田島雄志先生が、喫茶室兼待合室で早々と来られて、劇団の関係者の方々と話をされていた。

新年早々小田島先生にもお会いするという幸運にも恵まれ(といってもご挨拶をしたわけではない)、今年の出足は、風の『ハムレット』でラッキーな始まりとなった。

 

(訳/小田島雄志、上演台本・演出/浅野佳成、ペトル・ヴトカレウ、1月16日(土)昼、東中野のレパートリーシアターKAZEにて観劇)

 

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