<8月12日昼、ナショナルシアターのオリヴィエ劇場にて> All’s Well That Ends Well
ナショナルシアターのアソーシエイト・ディレクター、マリアンヌ・エリオット演出。
舞台は半円形の張出舞台、後方の舞台装置とあわせてほぼ円形をなす。色調は全体的に黒を基調とする。
今回の座席はストールのF列6番、舞台上手側で、位置的にも全体を見渡すのに申し分ないいい席であった。
これは本来予定になかった観劇の演目で、1日延長が決まったとき追加されたものであるが、結果的には最高によく、満足できるものであった。
作品自体は自分で読んでいて、バートラムの不誠実な人柄や、臆病でほらふきのペイローレスの不愉快な性格の印象で好きになれない作品であったが、演出によってこうも違う印象となるものかといういい例であった。
『終わりよければ』は、いわゆるダークコメディといわれる「問題劇」の一つであるが、問題劇の特徴としては、ドーヴァー・ウィルソンの要約に従えば、
陰気な雰囲気
陽気な機知
好ましい人物も全く立派でない
辛口のユーモア
難問で困らせる劇 ― 道徳上の難題、もつれた動機、葛藤する人物
ということになるが、『終わりよければすべてよし』はこのすべてを含んでいるといえるだろう。
この劇を見終わっていやみを感じなかったのは、ヘレナの成功譚というおとぎ話にすることで、まさに終わりよければすべてよし、の感じからくるものだろう。
『終わりよければ』の批評史をめくってみると、18世紀にはペイローレスが喜劇的人物の中でもフォルスタッフに次ぐ傑作だと称賛され、19世紀前半ではそのペイローレス称賛は消え、ヘレナが美化されるようになったということであるが、今回の劇を見る限り、この二つのいいとこ取りをしているような感じで、そこが成功している原因ではないかと思う。
バートラムの不誠実な性格も、開演早々に彼がひとり、剣を振り回して戦争ごっこにふけっている場面をもってくることで、バートラムという人物がまだ子どもの気分であることから抜けきっていないということを描いている。
そんな彼が、フランス王から突然ヘレナとの結婚を押し付けられれば当惑するのも当然で、しかもヘレナは彼にとっては召使同然の存在でしかなかったのであるから。
この場面はバートラムの不誠実として特に責められるものではないが、一番不愉快に感じるのが、ダイアナとの関係を否定したり、指環の問題で嘘にウソを重ねるところがもっとも彼の人間性を疑わせるところで、そんな不誠実な彼をどこまでも追いかけるヘレナも気が知れないという気分にさせられるのであるが、大人になりきれていないバートラムに対し、彼が課した結婚の条件をすべて達成するヘレナの成功譚としてのおとぎ話の構造だとして見ると、不自然さも消えてくる。
コンレス・ヒルが演じるペイローレスも、フォルスタッフを一回り小型にしたような喜劇的人物を演じていて、バートラム同様に嘘にウソを重ねることで馬脚を顕すところが、主従似た者同士という感じがよく出ている。
病気が快癒した王とヘレナが手を取り合って登場する場面、ヘレナとバートラムの結婚式のあと二人の関係を暗示するようなシルエット、バートラムがヘレナから逃れてフローレンスの戦争に参加する場面を彼が弓を引く姿で映し出すなど、思わせぶりの場面では、下手側の扉に登場する人物を逆光で照射することでシルエットにして、観客の想像力を喚起させるのが効果的だったと思う。
ダイアナとヘレナのベッドトリックの場面では、二人がバニーガールの衣裳をつけ、最初はダイアナがバートラムを迎え入れるが、いよいよの段階になるとバートラムに目隠しをし、そこで二人が入れ替わるという趣向を凝らしている。
このバ−トラムの目隠しは、同時並行的に進行しているペイローレスが味方に欺かれて捕われ目隠しをされる場面と照応し、象徴的な意味合いを呼び起こす。
喜劇的なおかしみを誘う演出としては、バートラムの再婚相手のラフュー卿の娘を登場させている。
台詞はないが、彼女の存在自体が喜劇的で、それは彼女が度の強いメガネをかけ、年寄りじみた猫背で、手毬にひもをつけて引きずっている姿が、見ているだけでアイロニーを感じさせる面白さがある。
ユーモラスなおかしみを感じさせる王の執事は、腰が直角に折れ曲がっており、随所で滑稽な所作をするが、ヘレナの成功譚で舞台が終わろうとする時、そのめでたい喜びの様子の全員の写真を撮ったり、王とヘレナ、ヘレナとバートラムの写真を撮って回ったりする。
そのとき、舞台上手側からはその表情は見えないのであるが、自分とは反対側の下手側から見ていたFさんの話では、バートラムとヘレナが二人並んで写真を撮られるとき、二人の表情がこわばっているような、先行きの不安を予兆するような表情であったという。
これなどは見える角度によって、芝居を見る印象が異なる好例であろう。
ヘレナ役のミシェル・テリー、ペイローレス役のコンレス・ヒルが好演、ロシリオン伯爵夫人のクレア・ヒギンズは存在感を感じさせる演技であった。
甲乙つけがたいが、サム・メンデスの『冬物語』とどちらかに軍パイをあげるとすると、こちらをとるということで、
★<総括として>★★★★
各評価は自分の感想としての順位づけに基づく星の数であるが、全体的にはいずれもそれぞれに特色のある作品で、本橋先生による絶妙な組み合わせであった。
偶然であるが、演出家も女性が二人、男性が二人という組み合わせで、これも面白かった。
各劇場での座席も、ストール、ギャラリーなどいろいろな場所での観劇を体験できたのもよかった。
それに今回一緒に参加した人たちも、気がおけず、旅を楽しくしてくれた。
また、事前学習をしていただき、ストラットフォードとロンドンでは、観劇後、お互いの感想を披露しあう機会を設けて、最後にレジュメをしていただいた本橋先生に改めて謝意を表したい。
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