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  彩の国シェイクスピア・シリーズ第20弾 『から騒ぎ』     No. 2008-017
 

先行予約チケットが取れず諦めていたのが、次回公演『冬物語』の先行予約をかけるとき、偶然にもS席での空席が残っているのを発見して、予定外に見ることができた。

座席はR・17席で1階の後方席(後ろから2番目)ではあるが、位置的には悪くない席で、細かい表情を除けばオペラグラスなしでもかろうじて見え、全体を見るには寧ろ好ましい席ともいえる。

今回も、『お気に召すまま』、『間違いの喜劇』、『恋の骨折り損』に続いてのオール・メイルキャストによる喜劇。

意表をつくのは、キャステイング。

シェイクスピア劇はもちろん、舞台も初めてという小出恵介を主役のベネディックに抜擢。

ヒロインのビアトリスにはこれまた初の女役という高橋一生が演じる。

『から騒ぎ』の楽しみは、このベネディックとビアトリスの丁々発止の会話の妙技にあると思うのだが、この舞台では僕はビアトリスの高橋一生の方に軍配を上げたい。

台詞力という点においては、ドン・ペドロを演じる吉田鋼太郎の台詞力と演技力に押されて、小出恵介のベネディックの台詞がかすんで聞こえた。

レオナートを演じる瑳川哲朗も喜劇の軽妙さを表出しながら、しっかりしめていて安定感を感じさせた。

マラプロビズムを連発するドグベリー役の妹尾正文の所作なども面白いと思った。

ほかに、ヒアローの月川悠貴、クローディオの長谷川博己、ドン・ジョンの大川浩樹などがそれぞれに持ち味を感じさせて好演。

喜劇というのは見る方もつくづく難しい気がする。

「笑い」というのは年代によってその感受性が大いに異なっていて、僕などには少しも面白くないところでも、若い女性の笑い声などが頻繁に聞こえたりしていた。

いわゆる「箸が転んでも」とでもいうべきものだろうか。

そんな時、自分も素直に笑えたらと思ったりする。

もっと自然に、気楽に笑いたい時がある。

今回のプログラムでは、この『から騒ぎ』の翻訳者である松岡和子とシェイクスピア学者の河合祥一郎の対談が載せられていて、その中で、「喜劇は根が子どもじゃないと書けない」と河合祥一郎が語っているが、喜劇の本質を突いていると思う。

またシェイクスピアの喜劇は比較的初期の若いときに書かれていることを指摘しているのにあわせて、現代の日本の劇作家である井上ひさしや野田秀樹などの喜劇の自由奔放な言葉遊びも若いときのものだと指摘しているのも興味深い観察だと思った。

喜劇にはフレッシュなエネルギーが必要だと思うが、その点においても蜷川幸雄という演出家はスゴイ人だと思う。そのエネルギーを取り込むだけのパワーを持っていて、しかもそれ以上のパワーを発散させているのだから。

劇中音楽も生の演奏を使っていて、劇的効果を盛り上げていた。

 

(訳/松岡和子、演出/蜷川幸雄、美術/中越司、10月13日(日)、
彩の国さいたま芸術劇場・大ホールにて観劇)

 

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