高木登 観劇日記トップページへ
 
  東京シェイクスピア・カンパニー公演 『王妃マーガレット』  No. 2008-013

― 『ヘンリー六世』序曲 ―

 ヘンリー六世の王妃マーガレットを演じる女優は絶対この人だと思ってきたのは、東京シェイクスピア・カンパニー(TSC)の看板女優、牧野くみこ。それも、『リチャード三世』に出てくる呪いの言葉を吐く老いたマーガレットではなく、『ヘンリー六世』三部作に登場する若きマーガレットが牧野くみこに似合う。
 冷たい炎、燃える氷のような心を持つ女、そして「女の皮をかぶった虎の心」の女マーガレットの、牧野くみこ。
 シェイクスピアが牧野くみこにあてがきしたかのような女マーガレットを,、江戸馨が『ヘンリー六世』三部作を『王妃マーガレット』の物語として見事に再構築した。
 全体の構想としては三部作全体から構築されることになっているそうであるが、今回上演されたのは、『ヘンリー六世・第一部』の第5幕第3場から『第二部』の第4幕第4場までに集約されている。
 すなはち、イギリス軍とフランス軍の戦いが開幕の舞台奥で、オルレアンの少女ジャンヌ・ダルクが捕えられたという歓喜の喚声が聞こえ、その歓声が静まってサフオーク伯(武藤兼治)の捕虜となったマーガレットが登場してくる場面から始まる。
 サフォーク伯は、マーガレットの美しさと気品に打たれるが妻帯の身では結婚することもかなわず、代わりにヘンリー六世の王妃にすることで自分の野望を達成しようと彼女を口説き(『ヘンリー六世・第一部』第3幕第5場)、フランスでヘンリー六世の代理としてマーガレットとの結婚式を済ませ、彼女を伴ってイングランドに戻り、マーガレットの立后式(『第二部』第1幕第1場)に立ち会う場面へと続く。
 ここでこの舞台の主要人物が列席し、権力闘争の縮図が繰り広げられる。
 マーガレットとサフォークの他は、ヘンリー六世(関野三幸)、摂政グロスター公(原元太仁)、ボーフォート枢機卿(朝麻陽子)、ヨーク公(増留俊樹)、ウオリック伯(大須賀隼人)、サマセット公(川野誠一)。
 サフォークの野望は遂げられ、政敵グロスターの追い落としに成功するものの、摂政の殺害の加担者として市民の反感を買い、王から追放の処分を受ける。
 出会いのときから、王よりもサフォークを愛していたマーガレットは、舞台にひとり残って嘆き悲しむ。
 その哀しみの涙も乾かぬうちに、サフォークの悲報が届き、マーガレットはいっそう悲嘆に沈む。
 しかしその悲しみを拭い去るかのように、マーガレットは男の子を無事出産した喜びを告げられる。
 ランカスター家とヨーク家が王位継承権を争う火蓋が切って落とされる予兆をここに残して舞台は幕を閉じる。
 江戸馨の翻案は、大胆な省略で再構築しながらもシェイクスピアのオリジナルの骨格を保ち、摂政公爵夫人(つかさまり)がマーガレットに故意に侍女と間違われ落とした扇を拾わなかったことで殴られる場面や、武具師トマス・ホーナーを徒弟ピーターが訴え出るエピソードなどもきちんと取り入れてあり、物語の膨らみも保たれている。
 マーガレットを演じる牧野くみこの台詞と表情のうまさは言うまでもなく、その恋人役ともいうべきサフオークを演じた武藤兼治も、その嫌味さ、敵役的性格を朗々と表現していたし、ヘンリー六世を演じた関野三幸も信心深くてしかも気弱な王をよく演じていた。それぞれの人物がはまり役の感じで、納得のキャステイングだったと思う。
 『ヘンリー六世・第三部』へと続く『王妃マーガレット』の続編を期待してやまない。
 上演時間は休憩なしで1時間40分。

 

脚本・演出・制作総指揮/江戸馨、音楽演奏/佐藤圭一・やぎちさと
7月6日(日)14時開演、神楽坂のシアターイワト、チケット:3800円、全席自由

 

>> 目次へ