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  TCL公演 ‘Hamlet’      No. 2008-009
 

〜 この世の関節がはずれてしまった(The time is out of joint)

まず非常に面白い『ハムレット』、というのが第一印象。

それに斬新な演出でいろいろなところで興味を引かれた。

7名の俳優がさまざまな登場人物を演じ、早変わりで衣裳を着替え、まったく別人に変わるのは見事というほかない。

舞台はプロローグとして‘He is gone.He will never come again.’というリフレインのコーラスで始まる。

そのコーラスは悲劇を予兆させる荘重な赴きが漂う。

舞台中央部の後方に、高さが40cmほどの長テーブルがブーメラン状の弧を描くような形に置かれている。

それは、時に城塁のプラットフォームであったり、宮廷広間の王の台座となったり、あるいはクロゼットの寝台となったりする。

その舞台装置はいつものように、きわめてシンプル。

登場人物を演じる俳優の台詞と所作が温かな近しみを感じさせてくれる。

たとえば。

フランスに旅発つレアテイーズに訓戒を垂れるポローニアスの台詞の巧妙な間合いもその一つ。

ポローニアスは、立て板に水を流すように次々とまくし立てるのではなく、一つ言ってはそこで終わったような言い方をするので、レアテイーズが立ち去ろうとするその都度ポローニアスが思い出したように次の教訓を垂れるので引き返さざるを得なくなる。その動作を何度も繰り返す。しまいにはオフィーリアが、ポローニアスの背後で指を指してレアテイーズと示し合わせるようにして茶化して面白がる。この演出は非常に新鮮味を感じた。

デンマーク王ハムレットの亡霊の登場の姿もユニーク。

亡霊がハムレットに自分が被った仕打ちの秘密を語るとき、羽織っていた黒いマントを脱ぎ捨てるが、そのマントの下には白い経帷子(のように見える)を身にまとっていて、肉体の線がそのまま現われているのが滑稽な感じを与える。顔全体も白い布切れで覆われていて、ミイラのようにも見える。

台詞を舞台上に視覚化して演技として体現させるのがこの上演の大きな特色の一つでもあるが、亡霊が地下から「誓え!」という場面では、亡霊が例の長テーブルの下にもぐりこみ、その上にいるホレイショーやマーセラスに向かって「誓え!」と繰り返す。例の経帷子姿で現れて、股引をはいたおじさんのようで少々コミカルな感じがした。

この台詞を視覚化・体現化した演技は非常にユニークな演出だと思った。

ハムレットが狂気の姿でオフィーリアの前に現われるオフィーリアの台詞も、実際に舞台上にハムレットがその狂気の所作を体現して視覚化する。

またオフィーリアの狂気の場面では、オフィーリアは実際にポローニアスの死体に対面して驚愕し、嘆き悲しむ。

彼女の狂気の仕草には、ハムレットとの肉体関係があったことを明示する所作をはっきりと打ち出し、彼女は脱ぎ捨てた衣服を下着の下の腹部に押し込み、妊娠した姿を表象する。このことも大きな特徴の一つであろう。

オフィーリアの水死の場面も、ガートルードの台詞だけではなく、オフィーリアがまとっているすその長いドレスを照明によって青く照らすことによって、川面に浮遊するイメージを髣髴させ、オフィーリアが実際に舞台を上手から下手へとゆっくり歩いていくことでそのことを視覚化させる。

ハムレットがイングランドに行く途中海賊船に出会って引き返してくることを知らせる手紙は、クローデイアスにではなく、ホレイショーの手から王妃に手渡されるが、ここにも演出上の明確な意図を感じさせるものがある。

最後は、毒を塗った剣で傷ついた瀕死のハムレットの台詞、‘the rest is silence’で文字通り幕となる。

リチャード・ケイトリー(Richard Keightly)が演じるそのハムレットは、行動的で才気煥発さを感じるものであった。

クローデイアスはリチャード・クロドフェルター(Richard Clodfelter)、ポローニアスを演じるホイト(J.C. Hoyt)が墓堀人やオズリックその他を演じる。

ホレイショーのリチャード・エド(Richard Ede)とレアテイーズを演じるダン・ワイルダー(DanWilder)の二人がロゼ、ギルも演じ、その早変わりと変身ぶりが見事で別人のようにしか見えず、はじめは本当に分からなかった。

国王に呼び出された喜びの気持を、王座に敷かれた王冠が描かれた布を舐めるようになでまわして、その歓喜を表わすハムレットのかつての学友ロゼとギルは、二人とも丸い眼鏡をかけ、徹底してカリカチュア化された道化として造形されている。

ガートルードはナタリア・キャンベル(Natalia Cambell)、オフィーリアはソフィー・フランクリン(Sophie Franklin)。

フォーテインブラスに関係する台詞、場面、登場人物はすべてカットされている。

スピード感があり、ぐいぐいと引きずり込まれていく演出で、悲劇でありながら喜劇的な軽快さとコミカルな所作で非常に楽しい舞台であった。そしてシンプルで分かりやすい舞台でもあった。

シェイクスピアの時代の旅回り一座による『ハムレット』もきっとこんなだっただろうと思った。

上演時間は途中10分間の休憩を挟んで2時間40分。

* ITCL = International Theatre Company London

 

(台本・演出/ポール・ステッビングス、主催/アシュリーアソーシエイツ、5月12日(月)、
早稲田大学大隈講堂にて観劇)

 


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