その名と評判はつとに耳にしていたものの、今日までそれを見る(聴く)機会がなかったがやっとその機会を得た。 楠美津香は「10年間でシェイクスピア全作品をひとりでやろう!」ということで2000年からスタートし、全戯曲38作中これまで22作品を上演してきた。
シェイクスピア全作品を上演という快挙は国内では出口典雄のシェイクスピア・シアターがあるが、それをひとりで、というのは例がないのではなかろうか。
シェイクスピアの芝居をひとりで演じるシリーズとしては、アカデミイック・シェイクスピア・カンパニー(ASC)が1998年にスタートさせて37作品に挑んだ経緯があるが、これはひとりが全作品を演じるということではなく、ASCのメンバーによる一作品ひとり芝居であった。
楠美津香のひとりシェイクスピアはわずか1日だけの公演、ということもあって自分にとってそのタイミングのチャンスにめぐまれなかったことが、これまで見逃していた大きな理由の一つであった。
公演は全席自由席ということで、開演とともに一番乗りで最前列中央の席を確保。いつもちょっぴり後悔するのは、最前列が時に舞台を見上げる格好となって首が疲れてくる。
横浜人形の家「あかいくつ劇場」は、その名の示すとおり会場全体が赤一色に染められている。劇場内の側面の壁の丸時計の時針も文字盤も、赤。もちろん座席は当然赤。
舞台中央には、講談の講釈師が使うような横長の大きな卓子。下手にはホワイトボード。
そのホワイトボードに、黒い作務衣を着た楠美津香が登場してきて、ブリテン王国のリア王の家族関係とグロースター伯の家族関係を書き記す。
これはこれまでシェイクスピアの『リア王』を読んだことのない人にはその全容の理解に大いに寄与する。
楠美津香はこれまでシェイクスピアを読んだことのない人にもわかるように、その物語を進めていく。
楠美津香の「超訳」は、シェイクスピアの「格調高さ」を捨てて、平易なことば、身近なことば、時には卑俗なことばで語る。その語り口は、機関銃のようなことばの炸裂。
シェイクスピアの登場人物も、楠美津香の語りに乗ると、アニメチックなものに変身。
リア王が「ご老公」となり、道化は「師匠」、変装したケント伯は菅原文太の雰囲気を漂わす「やくざの親分」に、気違いトムのエドガーは「どらえもん」の「のびた」となる。
「超訳」とはかかげながらも、物語の本筋をとらえることにおいて、その骨格は原作にほぼ忠実であったのは意外であった。シェイクスピアの面白さを誰にでも平易にわからせるその語りに乗せられる。
途中10分間の休憩をはさんで、2時間20分の熱演。
最後には、ジグダンスならぬ、楠美津香によるシェイクスピアのソネットのギター弾き語り。
ソネット60番(?)はその番号も、その詩も聞き取れぬ早口であったのが少々残念。
次に歌った有名な18番のソネットも、彼女の弾き語りにかかると、その詩のイメージもまた一新された感じであった。楠美津香のサービス精神の旺盛を十二分に楽しませてもらった。
超訳/楠美津香、12月16日(日)15時開演、横浜人形の家、あかいくつ劇場
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