観劇日記 あーでんの森散歩道 高木登
 
  りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ 『ハムレット』       No.2007-030

 ― 内燃する情念の炎を発する、坐して不動のハムレット ―

 栗田芳宏の『ハムレット』を幾度か観てきた。そして僕の中で、栗田芳宏がイメージするシェイクスピアの世界、あるいは『ハムレット』の世界の、何かが少しずつ見えてきたような気がする。
 今回の公演プログラムの「対談」の中で彼は語っている。「演劇はプレイ(play)であるが、祈りのプレイ(pray)の方が、日本人のシェイクスピアをやるのに適しているのではないか」と。
 そういえば、安寿ミラがハムレットを演じるもう一つの栗田の『ハムレット』は、巡礼のイメージで、祈りに通じるものがあるようだと気がついた。
 今回の栗田の『ハムレット』を観た感想を一言で表わすとすれば、"異様な"興奮の渦に巻き込まれてしまった、とでも言えようか。ストイックな緊張を強いられる舞台でもあった。
 最初から最後まで、座した姿でその場から一度として動かないハムレット。
 開演と同時に暗転した舞台にようやく明かりが感じられるようになったとき、舞台に忽然と浮かび上がるのは座したハムレットの姿。そしてすべてが終わった後も、死んだハムレットは座したまま、初めと同じ瞑想の姿で溶暗の中に埋没していく。
 そのハムレットは、剃りあげた頭と般若のような不気味な面妖を、その表情に漂わせている。
 ハムレットを演じる河内大和がセリフを語るとき、凍りついた周りの空気が、ガラスが砕けて飛び散るような鋭さがある。セリフが走る前、ハムレットの面容にアルカイック・スマイルのような不敵な微笑が浮かぶ。ハムレットのセリフを聞く前に、僕らはそこで一瞬時間を停止させられた気分に陥る。
 河内大和のハムレットは、たとえば、蜷川幸雄の『ハムレット』、真田広之の疾走するハムレットとは対極にある。
 しかしながら、河内大和の内燃する情念の炎は、走るハムレットより激しい。
 上演時間は休憩なしで2時間足らず。ということは台詞としても場面としても大幅なカットは避けられないのであるが、その省略はむしろ詩的イメージを増幅させてくれる。
 冒頭のバナードたちの夜警の場面はなく、1幕2場であるクローディアス(谷田歩)とガートルード(山賀晴代)が登場する場面から始まる。
 先の国王の亡霊(荒井和真)は橋掛かりに現れ、舞台正面に座したハムレットに語りかける。ハムレットの言葉は観客席のわれわれの側に向かって発せられているのだが、遠く離れた背面の亡霊に確実に届いている。
 亡霊の場面では、コロスとしての三人の「使い魔」が登場するが、彼女らは一言も言葉を発しない。
 使い魔の所作はからくり人形のような、カクカクとした動き。
 使い魔は、旅役者一同にも扮し、黙劇をそのからくり人形の所作で演じる。
 旅役者の座長を演じるのは、人形浄瑠璃の義太夫、鶴澤浅造。彼がこのために古浄瑠璃風に作曲した節回しで弾き語る、トロイのピラスの物語とゴンザーゴ殺しの場面はたっぷりと聞かせてくれる。
 プログラムを見ると、この人はどうも異色のタイプのようだ。東京外国語大学フランス語学科卒とある。面白い経歴の持ち主だと思った。
 ハムレットとレアティーズ(中井出健)との剣の試合の場面でも、鶴澤浅造のピラスの物語の弾き語りで進行していく。その時も、レアティーズは正面に向かって直立した姿勢のまま、ハムレットは座したままの姿勢である。
 クローディアスも、ガートルードも、そしてホレイショー(南拓哉)もレアティーズとともに、横一列に並んだ状態。
 使い魔の所作は、からくり人形のそれであるが、オフィーリアの狂気の場面も、からくり人形の動き。それが不思議に生々しいリアリティを感じさせる。
 オフィーリアを演じる町屋美咲は15歳という若さ。シェイクスピアのオフィーリアの設定年齢と同じくらいだと思う。彼女の演技はむしろ大胆ともいえるおおらかさがある。
 この『ハムレット』は、何よりもまず、役者の台詞を楽しめる舞台である。
 主演の河内大和のハムレットのセリフはもちろん、劇団AUNの谷田歩と中井出健のセリフも息が合っている。
 何よりも魅力的なのは、演出の栗田芳宏が演じるポローニアスと墓堀人の台詞。役者栗田芳宏の魅力を十二分に堪能させてくれた。下世話に言えば、その声に痺れて、ぞくぞくする嬉しさに満たされた。
 横山道代のピアノ演奏も、それぞれの場面にふさわしく効果的で、舞台を高揚した。
 舞台もストイックな緊張感のみなぎるものであったが、観客にもそのストイックな忍耐を強いる桟敷席でもあった。
 狭い空間、中途半端な姿勢で約2時間、尻の痛いのを我慢しながら、時々その尻を動かして、息を詰めながら、凄い舞台だと感心して魅入った。
 この手のもので、今日の観劇料4000円(全席自由席)は高くない。
 それにプログラムが500円というのも手ごろでいい。


訳/松岡和子、構成・演出/栗田芳宏、作曲/鶴澤浅造、横山道代、衣裳デザイン/時広真吾
12月7日(金)19時開演、表参道・銕仙会能楽研修所、チケット:4000円、全席自由


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