観劇日記 あーでんの森散歩道 高木登
 
  アカデミック・シェイクスピア・カンパニー(ASC)公演
        『タイタス・アンドロニカス』               
No.2007-027

― 究極の残酷さの探求とそれを「美」に昇華させる試み ― 

 これまで慣れ親しんできた銀座みゆき館劇場から、気持も新たに11周年目の新しい門出を飾る実験劇場として、川崎ファクトリーに場所を移しての初めての公演。
 川崎ファクトリーは近くにJFE(かつての日本鋼管)がある、閑静な住宅街にある工場だった場所を転用。稽古場探しから始まって、それが思わぬことに本舞台まで使用することになったという。
 ただアクセスはあまり利便性が良いとはいえない。JR川崎駅からバス(日中は1時間に3本程度しかない)で15分ほど、それから徒歩で約5分。場所も分かりやすいようで分かりにくい。かくいう自分はバスを降りてから途中で道が分からなくなり携帯電話で場所を誘導してもらった。
 アクセスがよくないせいか、土曜日のマチネだというのに観客の数は数十人程度と、銀座みゆき館に較べて少ない。銀座みゆき館のトイレも使い勝手がよくないが、ここはもっとひどく舞台を突き抜けて、いったん外に出て行かなくてはならない。おまけに男女兼用で1箇所しかないので、開演前に用を足すのに並んで、そのために開演時間が大幅に遅れてしまい、常連の年配者の女性はいつまでたっても開演しないのにオカンムリだった。
 今後この場所を常用するつもりであれば、その辺の配慮が求められる。
 アクセスは便利に越したことはないが、舞台の内容次第で人を呼び寄せることもできるであろうが、開演前に不快指数があがるようなことはなるべく避けた方がいい。
 さて、その川崎ファクトリーの舞台空間であるが、通常の劇場とは当然異なった異空間を構築している。
 入り口から入るともうそこは舞台であり、観客席。横長のコの字型に観客席が平土間の舞台を囲んでいる。 観客席は全部で80席前後しかない。舞台は全面が真っ赤な上に、ガラス張りのような光沢のフローリング。舞台のコの字型の長手に6寸から7寸角程度の黒い角柱のような物体が2本は知っていて、角柱の内側には青い水銀灯のようなものが走っている。いかにも実験劇場、といった風情。
 今回の公演は「男優限定チーム」と「男女混成チーム」の2種類で上演されており、僕は「男女混成チーム」による上演を観たのだが、実質的には「男性限定チーム」と異ならないようなキャスティングであった(と思う。もう一方を見ていないので断定はできないが、男女混成チームでも女優の出番は実質的には乳母の役だけだった)。
 上演時間が1時間40分と短いためか、カット部分が登場人物を含めてかなりあって、全体の印象をまず語れば、悲劇のカタルシスを感じるには至らず、消化不良のフラストレーションを覚えた。シェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』にはもっとふくらみと懐の深さがあると思う。
 個人的には、演出者としての彩乃木崇之の、その数学的ともいえるような明晰な論理的解釈に教えられることが多く敬服しているのだが、今回はその明晰さも不明瞭なままであった気がする。
 今回の氏のテーマは<究極の残酷を探求しそれを「美」にいたるまで昇華させ、人間の尊厳を問う>ことであったが、それがどこまで表出しえたかは疑問である。それに<残酷劇だからといって決してグロにはしません>ともあったが、グロテスクに対する感受性と受容性に個人差があるかもしれないが、首を切られたタモーラの二人の息子、ディミートリアスとカイロンの頭(二人は穴をくりぬいた長テーブルの下から首を突き出した格好をしている)の上に、本物のスパゲティをタイタスから塗りたくられ、タモーラがそれを食する場面はグロテスクな不快感を覚えた。
 グロテスクな演技という点では、ラヴィニアが舌を切られ両腕を切られる場面も、ハムレットが旅役者に注意する過剰な演技で、リアルさを求めて却ってグロテスクとなり、これも不快な感じに襲われた。むしろシンボリックな表現に抑えた方がいいのではなかったろうか。
 観客としては出されたものを観賞するしかないのだが、長年見続けてきているだけに、ASCのメンバーも少しは知っている(個人的知っているということではなく、舞台を通じて知っているという意味)だけに、たとえば、せっかくの男女混成チームであれば勝木雅子が小リューシアスを演じ、日野聡子がラヴィニアを演じたら、と思ったりもした(二人は今回実質駅には出番なし。聞くところでは、今回日野聡子はカイロンの役をやる予定であったそうだが、照明係りに転じていた)。
 とはいえ、ディミートリアスやカイロンを演じた両名は何かギラギラしたものを感じさせ、一癖二癖ありそうな興味ある俳優であった。(今回はキャスティング紹介のチラシがなく、出演者の名前と顔が一致しなかったのも口惜しい)
 また、アーロンとマーカスを演じた戸谷昌弘はセリフ、演技ともうまさを感じさせてくれたが、全体を通しての省略が多いせいか、アーロンの死も中途半端な感じで終わってしまった感じがしたのは残念である。アーロンにはもっと粘液質的なものが欲しかったと思う。
 最後は死んだラヴィニアが起き上がって、ラヴィニアの舞台最初のセリフ、「平和と栄誉に包まれていつまでもすこやかに、お父様の、名将タイタスの、ご名声がいつまでもたたえられますよう」ということで暗転、終幕となるのだが、本来ならこの循環的回帰のセリフでもって余情を生じさせるべきところだろうが、悲劇のカタルシスには乏しかった。
 今回、偶然にもYSG(横浜シェイクスピア・グループ)・港町シェイクスピアの増留俊樹さんと一緒になり、ASCと川崎ファクトリーとの出会いなどの貴重な情報を聞かせてもらった。増留さんは夜の部の「男性限定チーム」の方も頑張って観られるということだった。
 


 訳/小田島雄志、演出/彩乃木崇之
11月17日(土)14時開演、川崎ファクトリー、チケット:3800円、全席自由


>> 目次へ