観劇日記 あーでんの森散歩道 高木登
 
  演劇集団円公演 『オセロー』                    No.2007-018

 開演前の舞台には、上手の奥に白いシーツが敷かれたベッド。
 どのような始まり方をするのだろうかという期待と、衝撃。
 開演の暗転の後、明るみに照らされたそのベッドにはオセローとデズデモーナの二人の亡骸と思われる死体が横たわっている。そして・・・
 その二人を包み込むように、登場人物たちがベッドの周りを囲み、死体は消え去る・・・。
 シーツが登場人物たちによって取り去られ、ベッドは硬い岩盤の風体となる。
 そして、そこはデズデモーナの父、ブラバンショーの屋敷となって舞台が展開する。
 前半部では多少の不満を感じることがあったが、後半部は一気に盛り上がりを見せ、デズデモーナがオセローに殺される場面にいたるまでの場面では涙を誘われ、感動でいっぱいになった。
 その前半部の不満といっても一部はささいなもので、ヴェニス公国の公爵のキャスト(手塚祐介)があまりに若く、物足りない感じがしたことと、今ひとつは、エミリア。
 エミリアはかなり重要な役だと思うのだが、三沢明美が演じるエミリアは、前半部では消極的存在感にしか感じられなかった。そこに物足りなさを感じたのだが、イアーゴーとの関係でとらえたとき、それは計算されたもののようであった。三沢明美の演じるエミリアは、イアーゴーを一途に愛し、彼を信頼し、彼を疑うことはこれっぽっちもない。だから、デズデモーナがオセローにもらったハンカチを拾っても、イアーゴーに喜んでもらうために、彼に渡してしまう。そのエミリアは、世界全部をくれるというのなら、夫のためなら夫を騙すようなひどいこともするという。それは夫を愛するがためにほかならない。エミリアは最後の最後まで夫を信じていて、裏切られていたことを知る。その落差の大きさゆえにエミリアが痛ましい。
 エミリアがデズデモーナに対して語る、「嫉妬深い人間は理由があるから嫉妬するんじゃない、嫉妬深いから嫉妬するんです」という言葉は、イアーゴーに対するエミリア自身の気持を語っているように響いた。
 『オセロー』を、イアーゴーにはかられたオセローが嫉妬に苦しむ劇とだけ捉えると卑小になってしまうが、中野春夫が指摘するように'jealousy'を「妄想」と捉えると、劇全体の構造がもっとはっきり見えてくる。
そもそもイアーゴーがオセローを陥れようとしたきっかけは、オセローが自分を副官にしてくれず、文官のキャシオーを副官にしたことにあるが、自分の妻であるエミリアがオセローに寝取られたという「妄想」がオセローに対する憎しみを増幅している。吉見一豊が演じるイアーゴーはそれをよく表出しているように思う。
 イアーゴーとオセローの立場が完全に逆転してしまう象徴的場面が、イアーゴーとキャシオーの話を岩陰で立ち聞きして、今やデズデモーナとキャシオーの不倫が決定的なものとしてオセローが思い込むところ。オセローは完全に打ちのめされて、岩陰に座り込み悶え苦しんでいる。
 イアーゴーはその岩の上からオセローを見下ろしながら、「今の証拠を見ましたか」と問いかける。イアーゴーはオセローより高みの存在となっている。
 金田明夫のオセロー、吉見一豊のイアーゴーが熱演。
 朴ロ美が、積極的で、明るく、疑うことを知らず、純粋無垢なデズデモーナを演じる。それだけにオセローに無実の身で殺される姿が痛ましい。印象的なデズデモーナだった。
 上演時間は休憩15分を挟んで2時間25分。


訳/松岡和子、演出/平光琢也
7月22日(日)13時30分開演、紀伊國屋ホール、チケット:5800円、座席:C列11番


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