楽しんで演じている、その呼吸が伝わってくる上演でした。
一部300円のプログラムに、フォールスタッフを演じ演出も担当している遠藤栄蔵氏を囲んでの『ヘンリー四世』座談会が掲載されていますが、その中で氏は、
「僕の四十年にわたる演劇史はシェイクスピアをやるためにあった。そういっていいと思うんだけど、その全てをこの『ヘンリー四世』に賭けている」と語っておられます。
その言葉が誇張ではないのは、氏の板橋演劇センターの公演活動で知れます。
1980年の『夏の夜の夢』に始まって、今回の『ヘンリー四世』第一部・第二部の一挙公演でシェイクスピア作品が21作目となり、再演を含めてのシェイクスピア劇公演数は実に57回に及びます。
シェイクスピア全作品の公演という快挙は出口典雄のシェイクスピア・シアターを除けば日本ではまずないと思いますが、板橋演劇センターは、その息の長さと公演数ではもう第一人者といっても差し支えないと思います。
遠藤氏が自ら語られているように、この『ヘンリー四世』が、氏の集大成にも等しい作品というだけに、その意気込みもひしと伝わってくるものがあります。
『ヘンリー六世』三部作などもそうですが、シェイクスピアの歴史劇は概して登場人物が多く、しかも多彩な顔ぶれです。それで今回は特に外部からの応援出演に大きく依存しています。それも豊島区を中心にして活躍する地域劇団の力を借りているのが特徴であり、それだけに板橋演劇センターがもつ地域性の親しみを損なっていないのが大変よかったと思います。
登場人物の話が出ましたのでここでついでながら述べますと、『ヘンリー四世』の上演予定が出たとき、そのキャステイングでフォールフスタッフに遠藤栄蔵氏、ハル王子は鈴木吉行さんだろうとすぐに予想しましたが、これはその通りでした(外れる方がおかしいですね)。もうこれはぴったりのはまり役なので、ことさら讃辞を呈すまでもないでしょう。ひとつだけ言わせてもらえば、フォールスタッフの太鼓腹、巨漢の身体は詰め物なしで、白髪も含めて全て遠藤氏自前のものということで、そのためにこの役作りで体重と胴回りを思い切り増やされたという隠れた(?)努力が「座談会」で披露されていて、その力の入れ込みように改めて敬服しました。
同じくベテランの酒井恵美子さん、プログラムのコメント欄で「私がパーシー夫人で意外だと思う人が多いのでは?」とありましたが、ご本人自ら認められているように、やはり意外でした。これまでの酒井さんですと、フォールスタッフの仲間のポインズや道化的な役を想像するところですが、パーシー夫人役に意外性はあってもはまり役という感じがするのは彼女の貫禄(!!!?)。
今回の『ヘンリー四世』は、第一部が休憩10分を含んで2時間半、第二部が休憩なしで1時間50分という上演時間でしたが、全体を通した印象は、第二部の方が第一部に比べて締まりがあったように思いました。
『ヘンリー四世』の半生の物語を一挙に上演するということで、全体的に場面のカット、入れ換えなど大幅なアレンジがなされていますが、特に第二部では上演時間が短いということもあって主筋に関係ない場面では思い切ったカットがありました。
第一部で登場しても第二部では登場場面がない場合、役どころを変えて登場してくるのも見ものでした。
一番心に残った印象は、第一部でウスター伯を演じた村上寿さん(優企画)、第二部では地方判事のシャローを務めますが、この方は喜劇的人物を演じる方がその個性を感じさせてくれ、シャローを実に面白く演じていて楽しくなりました。
第一部で登場する居酒屋のおかみクイックリーは、原作では第二部でも出番があるのですが、この場面は全てカットされているのでこの上演では出番がなく、そのため第一部でクイックリーを演じた川口圭子さん(演劇集団五色の花、プロダクションタンク)は、第二部ではノーサンバランド伯夫人として、対照的な人物を演じます。
板橋演劇センターの最長老、岡本進之助さん(80歳)も第一部で州長官の役で出演され、元気なお姿をみせてくれました。
また、おなじみの客演、劇団胎動の今井良春さん(78歳)も第二部で、高等法院長の役で登場、ハル王子(その時にはヘンリー五世)に釈明する場面では、追放や重い処分が待っているかもしれない懸念をうまくにじませながらも堂々とした気概を示す演技は、さすがと思わせるものでした。
第一部でオーエン・グレンダワーを演じた森奈美守さん(虹企画/ぐるうぷしゅら)、第二部では反乱軍のヨーク大司教を演じましたが、役柄としてはヨーク大司教の演技の方に面白みを感じました。
ユニークな印象としては、ランカスター公ジョンの東初穂さん。講和条件が成立して、安心しきって全軍開放した反乱軍の首謀者を捕らえる冷徹さが憎いほどによく出ていました。
タイトルロールのヘンリー四世には池袋小劇場の山内栄治さん。正当な手段でなく国王の座を獲得した苦悩が第二部では特によく感じられました。品格と重みのある演技でした。
今回、舞台美術がユニークで非常にいいな、と思ったのですが、それを担当されているのが「やまうちえいじ」と平仮名になっていますが、このヘンリー四世を演じた山内さんでしょうか?
その舞台美術は、結晶石の形状をした巨大な石柱が4本、ストーンヘッジの石群を思わせるように屹立しており、それが照明によって宮廷の場面であったり、戦場であったりその表情を鮮やかに変貌させます。
板橋演劇センターの美術は時々本当に感心させられるのですが、今回もシンプルではありますが、印象的なものでした。
板橋演劇センターの特筆すべき演技としては、殺陣があります。
今回はブロードソード(幅広の長剣)の殺陣でしたが、迫力がありました。ハリボテではないので、あれは結構重くて大変だと思います。まかり間違えば怪我をしかねないので、真剣にならざるを得ないだけに迫力が増します。
今回の「座談会」で遠藤氏が語っている、「2016年4月23日のシェイクスピア没後400年に向けて、9年間で全37作品を小田島先生の訳でやる」という夢を、夢でなく是非実現していただきたいものだと願ってやみません。
プログラムに掲載されている板橋演劇センターの上演史を見て気がついたのですが、これだけの作品を上演していながら、いわゆる歴史劇は今回の『ヘンリー四世』が初めてだというのも意外でした。
この日(6月17日)、小田島先生も観劇に来られていました。
また、"雑司が谷シェイクスピアの森の会"の関場先生も来られていて、偶然にお会いすることが出来ました。
訳/小田島雄志、演出/遠藤栄蔵
6月17日(日)、『第一部』13時開演、『第二部』16時30分開演
板橋区立文化会館小ホール、チケット:各3000円、座席:I列9番(一部・二部とも同じ席)
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