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  Types 公演 『ロミオとジュリエット』      No. 2007-009
 

昨日Studio Life公演の『ロミオとジュリエット』を観ているだけに、どうしても比較の目で見てしまう。

シェイクスピアの詩的な情感としては、タイプスの『ロミオとジュリエット』の方にそれを強く感じた。全体的な台詞力の問題だけでなく、疾走する愛のドラマとしてもタイプスの『ロミオ』の方がよりダイナミズムがあった。それはタイプスの緩急の使い方のうまさに起因していると思う。Studio Lifeの『ロミオ』が途中眠気を誘ったのは「緩」が乏しく「急」に走りすぎた点にあるように思う。活劇としての面白さ、エンターテインメンという点においてはStudio Lifeが上かもしれない。卑俗な言い方をすればStudio Lifeがそれだけ商業演劇的要素があるともいえる。

開幕のプロローグの場面では、二人のダンサーが一対の白鳥となって求愛の仕草を思わせる振付の踊りを踊る。そしてしばらくその求愛の踊りにひたったあと、一群の民衆(キャピュレットとモンタギューの一族の集団)の踊りがブレヒトの『三文オペラ』の「序曲」を思わせる。それは両家の争いの表象。そして、序詞役(新本一馬のプロローグの台詞が続く。この序詞役の新本一馬は修道士ロレンスをも演じるので、はからずもStudio Lifeの序詞役と同じ役割を演じることになる。この白鳥の踊りは、第2幕のプロローグの場面でも同じように演じられる。

新本一馬のロレンス修道士の台詞には詩的な響きが感じられた。Studio Lifeの『ロミオとジュリエット』では、ロレンス修道士(河内喜一郎)の薬草を摘む場面の台詞がカットされており、その分詩的情緒が最初から外されている。追放の身となって自暴自棄となったロミオを説得する新本一馬のロレンス修道士の台詞は、聞いていて説得力があり迫力もあって見事であった。

舞台装置についても両者は対照的である。Studio Lifeのそれはヴェローナの建物のリアルなイメージを表現した装置で具象的であるが、タイプスの装置はパイプの鉄骨の組み合わせのような抽象的オブジェで、想像力をかきたてるものがある。

役どころとしては小島典子がジュリエットの乳母を演じるというので関心があったが、自分の知っている彼女のカラーを破った演技で興味深かった。

長澄彰のロミオ、野口百合子のジュリエットも清新な感じでスピード感あふれ、好演。

上演時間は途中休憩10分をはさんで2時間20分。

公演は29日(火)から31日(木)の平日のみの3日間、マチネを入れてわずか4ステージというのはなんとも惜しい。僕が観た30日の夜の公演はマチネもあった日だが、夜の部もほぼ満席状態であった。

 

(翻訳/小田島雄志、構成・演出/パク・パンイル、俳優座劇場にて5月30日(水)観劇)

 

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