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  Studio Life 公演 『ロミオとジュリエット』      No. 2007-008
 

異色の公演・・・なのだろうと思う。

Studio Lifeという劇団の名前は、というかその存在はこのシェイクスピアの作品の上演がなければ知らないままで通り過ぎただろう。Studio Lifeは中堅の老舗とも言うべき存在の劇団である。その創立は1985年で2年前には創立20周年を迎えている。男性俳優のみで構成される劇団で、演出者である倉田淳のみが女性というそれだけでも特異な劇団という気がする。しかも初演以来一貫して演出を担当している。その旗揚げ公演は、『What‘s Saiwai−so』という作品で、その後は大体年3本程度の定期公演をしており、1996年の萩尾望都原作の『トーマスの心臓』初舞台化以来文芸耽美作品を次々に舞台化しており、なかでも『トーマスの心臓』は再三にわたって再演を続けている。シェイクスピアの作品は、昨年、9月7日から10月1日まで新宿シアターサンモールで『夏の夜の夢』(松岡和子訳、倉田淳台本・演出)を上演している。今回紀伊国屋書店提携の『ロミオとジュリエット』がシェイクスピア作品の2作目である。5月10日から6月5日までのロングラン、上演回数にして38ステージの長丁場である。紀伊国屋ホールで約1ヶ月にも及ぶロングランの公演をやってのける劇団というだけでも興味がそそられた。

公演はダブルキャストになっており、エルベ(Erbe)とシニョーリ(Sighori)とに分かれてそれぞれ19ステージずつの上演回数。僕が観たのはエルベの公演。いい席を確保しようと平日のマチネを選ぶ。その選択のかいがあって、席はG列の6番とかなりいい席であった。平日の昼間というだけあって、客層は若い女性が大半で、男性客はおそらく1割程度。客席は満席とはいかず、ほぼ6−7割の入り。しかしこれだけのステージ数での客入りなので、まずまずといったところだろう。

Studio Lifeの『ロミオとジュリエット』は、まず活劇エンターテインメントである、ということが特色だろう。細かい点は抜きにして、見終わって感じたのはそのことである。全体の基調としては音楽の使い方が効果的で映画的であった。映画的な盛り上がりがたくみで、躍動感にあふれていたと思う。しかしながら、台詞力という点においては多少不満が残るところがあった。特にジュリエット(舟見和利)の台詞においては言語が明瞭に聞き取れないところがしばしばあった。ロミオとジュリエットの舞踏会での出会いでの巡礼にたとえての台詞やバルコニーシーンといい、全体的にもシェイクスピアの詩としての台詞の響き、趣が乏しかったように思う。そのためか躍動的でありながら、どこか単調さがあって、途中何度か眠くなった。

プロローグの序詞役は、全身黒装束でフードをかぶってその正体を隠し死神のような印象であり、その台詞もやはり死神のようなしわがれた発声で、自分としては違和感を覚えた。もっと詩的な響きを期待していた。この序詞役を登場人物の誰にダブらせるかも一つの焦点だと思う(普通はヴェローナの公爵エスカラスだと思うのだが・・・)が、この舞台では、最後に原作にはないエピローグとして、序詞役がその黒いフードをはずして正体をあらわしたとき、意外にもロレンス修道士であった。舞台を見た直後はその意外性の驚きのほうが強くてそこまで思わなかったのだが、後にして思えば序詞役をロレンス修道士にしたことはイロニイのような気がする。

マキューシオ役の坂本岳大(客演)とキャピュレット夫人役の林勇輔が好演。

時代考証的には、マキューシオとテイーボルトが昔ながらの諸刃の剣で決闘しているのは、細身の剣にすべきではないかと思う。

上演時間は途中10分間の休憩をはさんで約3時間。

 

(訳/松岡和子、上演台本・演出/倉田淳、紀伊国屋ホールにて5月29日(火)観劇)

 

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